阿含経に学ぶ-5( 最後の直弟子) 浪 宏友


  遊行者スバッダ

    釈迦牟尼世尊は、クシナーラーのサーラの双樹の間に横になっておられました。そこに、遊行者スバッダが訪ねてきました。釈迦牟尼世尊が、今宵にも般涅槃に入られるだろうと聞き、急ぎ駆けつけたのです。このとき、スバッダは百二十歳だったとする文献もありました。

 しかし、釈迦牟尼世尊の容態を心配するアーナンダは、取り次ごうとしません。必死に懇願するスバッダと、これを押しとどめようとするアーナンダの声が、釈迦牟尼世尊に届きました。
 釈迦牟尼世尊が、アーナンダに、スバッダは知りたいことがあるのだから通しなさいと声をかけましたので、釈迦牟尼世尊の前に案内しました。
 スバッダは、当時、著名だった六人の指導者、いわゆる六師外道の名前を上げ、その教えについて問いました。
 これに対して、釈迦牟尼世尊は、そんなことは棚上げして、私の教えを聞きなさいと促し、スバッダもうなずきました。

 釈迦牟尼世尊は、スバッダに、八支の聖道を説きました。八支の聖道をよそにした議論は、中身のない空しいものだ。中身のある八支の聖道の実践を続けなさいと、教え、諭しました。
 感動したスバッダは、釈迦牟尼世尊のもとで出家したいと申し出て許され、アーナンダの手で出家しました。こうして、スバッダは、釈迦牟尼世尊の最後の直弟子となりました。

  最初の直弟子

 釈迦族の王子であったゴータマ・シッダールタは、快楽の生活を捨てて出家し、苦行の道に入りました。しかし、苦行によっては修行の目的は達成できないと見切りをつけました。
 それまで、共に修行してきた五人の修行者は、ゴータマ・シッダールタが苦行を捨てたのを見て失望し、袂を分かって立ち去りました。
 ゴータマ・シッダールタは、ブッダガヤで一人で修行を続け、ついに成道し、仏陀となりました。

 ゴータマブッダすなわち釈迦牟尼世尊が、最初の説法の相手に選んだのは、あの、五人の修行者でした。
 釈迦牟尼世尊は、バーラナシーのイシパタナ・ミガダーヤで苦行に勤しむ、五人の修行者を訪ねました。
 五人の修行者を前にした釈迦牟尼世尊は、まず中道を説き、中道とは八支の聖道であると説きました。
 ついで四つの聖諦を説き、その中で八支の聖道の実践を説きました。
 五人の修行者のひとり、コーンダンニャは、釈迦牟尼世尊の説法を聞いて心の目を開きました。喜びにあふれたコーンダンニャは、釈迦牟尼世尊のもとで修行したいと申し出て許されました。こうして、コーンダンニャが、釈迦牟尼世尊の最初の直弟子となりました。
 あとの四人も次々と目を開き、釈迦牟尼世尊の直弟子となりました。

 釈迦牟尼世尊は、最初の直弟子にも、最後の直弟子にも、八支の聖道を説きました。
 『象跡喩大経(ぞうしゃくゆだいきょう)』には、あらゆる動物の足跡が、象の足跡に収まるように、釈迦牟尼世尊の教えは、すべて四つの聖諦に収まるとあります。
 四つの聖諦は、修行者を八支の聖道の実践に導くための教えです。
 釈迦牟尼世尊は、あらゆる修行者たちを、八支の聖道の実践に導くために、教えを説き続けたのです。

  理と法

   釈迦牟尼世尊は、遊行者スバッダに、ひとつの偈を示しました。

スバッダよ、われは年二十九にして
善を追求して出家したり
スバッダよ、われは出家して以来
すでに五十有一年を経たり
理と法のあるところを尋ぬれども
この他に沙門あることなし
増谷文雄著『阿含経典3』ちくま学芸文庫、p.465)

   ここに「理と法」とあります。
 ここでの「理」と「法」の内容は、ある先生のお話から、次のように理解しました。

 この世では、多くのものが互いに関わり合い、互いに原因となり条件となって、生じたり、滅したり、変化していきますが、その関係と変化のあり方には、自ずからなる道筋があり、秩序があります。これが「理」です。

   「法」とは、「人が真の人間として歩むべき道筋・道理」です。

 すなわち、「理」とは、普遍的、根本的な筋道、原理であり、「法」とは、具体的な実践上の筋道、法則と、これに基づいて説かれる教えであると、私は理解しました。(理と法の意味を逆に解釈する先生もおられますが、そのあたりは学者の研究にお任せして、今回はこの解釈でお話を進めさせていただきます)

 「理」は、「いつでも、どこでも、だれにも当てはまる普遍の真理」と言っていいでしょう。
 「法」は、ものごとの一つ一つに見出される、具体的な法則であると考えられます。
 この「理」と「法」を統合することによって、ものごとのほんとうのすがた、ありのままのすがたを見ることができるのです。

  修行者

 スバッダに説いたこの偈に、「(釈迦牟尼世尊は)善を追求して出家した」とあります。釈迦牟尼世尊の出家した目的が「善の追求」であることを述べているわけです。
 「善を追求する」とは、「真の人間としての生き方を追求する」ことであろうと思います。

 善を追求する道は、理と法を尋ねることです。そして、理と法を尋ねる人が修行者であると、偈は言っています。
 理と法を尋ねる道が、八支の聖道であることに間違いありません。さきほど、中身のある八支の聖道の実践を、スバッダに勧めていました。中身のある八支の聖道を実践する人が、善を追求する修行者なのです。

   釈迦牟尼世尊は、二十九歳で善を追求して出家なさってから五十一年、八十歳にいたるまで、理と法のあるところを尋ね続けてこられたのです。仏陀となられてからもなお、修行者であり続けたのです。
 玉城康四郎博士(仏教学者、1915〜1999)は、私に「釈尊を、悟った人と言ってはいけない。悟り続けておられる人なのだ」とお教えくださいました。それは、このことだったのだと、今、うなずけます。

   釈迦牟尼世尊のご自覚の中では、ご自分は最後まで修行者であられて、修行者仲間の先達ではあっても、教祖などではなかったことが、ここからも伺われます。

  法華三部経に説かれる理と法

 妙法蓮華経を学んできた私には、ここで述べられていることが、法華三部経にも記されてあったと思い当たるところがあります。

 『法華三部経』の開教とされる『無量義経』の「説法品」に、「無量義は一法より生ず」という教えがあります。
 庭野日敬師は、「その数かぎりない、千差万別の教えも、もともとは一つの真理から生ずるものでなければなりません」(庭野日敬著『法華三部経 各品のあらましと要点』佼成出版社、p.18)と解説しておられます。
 ここで「千差万別の教え」は「法」であり、「一つの真理」が「理」であると、私は、受け取っています。

 妙法蓮華経如来寿量品で、庭野日敬師は、次のように解説しておられます。
「もしわれわれが、いつも、『自分は久遠実成の本仏にいかされているのだ』という自覚を深くもち、『久遠実成の本仏に生かされているかぎりは、そのみ心のとおりに生きることが正しい生きかただ』という明快な真実を悟り、本仏のみ心にもとづいて説かれたお釈迦さまの教えにしたがって生きてゆきさえすれば、つねに大自信をもった生活ができ、人生苦などはあってもなきにひとしくなってしまうのです。
 それがほんとうの人間らしい生きかたであり、この品(妙法蓮華経如来寿量品)は、最大の要点としてこのことを教えられているのです」(庭野日敬著『法華三部経 各品のあらましと要点』佼成出版社 p.169)
 ここで、「自分は久遠実成の本仏に生かされている」という事実が「理」であり、「本仏のみ心にもとづいて説かれたお釈迦さまの教え」が「法」であると考えられます。