四門出遊と憍逸               北 貢一


 お釈迦様が説く戒めの一つに「憍逸(きょういつ)《があります。これは、自らの身を非常に勢い盛んな人間であると思って誇ったり、自らの欲するままに思い上がるような心にいるということで、一般的ないい方をすれば「驕(おご)り《となります。最近、そんな「〓逸《の状態にある人が多いと感じます。企業のトップや、政治家、スポーツ選手等、自信を持つことは大切なことですが、その度を超えてしまって、他人をけなすような「〓逸《に発展してしまうのは考えものです。
 意外なことですが、お釈迦様自身も、出家する前は「憍逸《の心を持っておられました。

  「四門出遊《

 お釈迦様は二十九歳で出家されて、三十五歳で悟りを開き、仏陀世尊と呼ばれるようになったとされています。釈迦族の王子として生まれたお釈迦様にとって、出家前の生活は当時で言えば最高の生活でした。しかし、出家して修行者となれば一変して最低の生活になる。お釈迦様は、最高の生活を捨てて最低の生活を経験し、悟りを開かれたと私は理解しております。なぜそんな恵まれた生活を捨てようと決意したのでしょうか。
 お釈迦様が出家されるまでの経緯を伝える「四門出遊(しもんしゅつゆう)《というお話があります。出家前、つまり、まだ釈迦族の王子として暮らしていた頃のお話です。
 ある日、お釈迦様が従者を連れて東の門を出たところ、腰が曲がり、杖をつきながらよろよろ歩いている老人に出会いました。それまで宮殿の中からほとんど外出することもなく、贅沢な暮らしを続けてきたお釈迦様は大変驚き、「あれは何だ《と従者に尋ねます。従者は「長いこと生きておりますと、誰でもあのように年を取るのです《と答えます。
 またある時、同じく従者を連れて南の門を出たところ、人に抱えられて弱々しく歩く病人を見かけます。同じ問いかけを従者にすると、今度は「あれは病人でございます。いくら健康な者でも病気にかかります《と教えられます。
 さらにある時、西の門から出たところ、葬儀の場を目の当たりにします。従者は「あれは死んだ人に対してのお悔やみです。人間はいつか死を迎えます《と教えます。それらを聞いたお釈迦様は「私はいまは若いし健康だけれども、いずれ老い、病気にかかり、死を迎えるのか《と自らを振り返って考えました。
 この「四門出遊《の「四門《は四つの方角にある門を表します。中国やインドでは、方位を東・南・西・北の順番で示しますから、最後は北の門となりますね。そこでは誰と出会ったのでしょう。

  出家の決意

 北の門で会ったのは沙門、つまり出家修行者です。その沙門もかつては欲望に満たされた人間だったのでしょうが、出家して修行をするうちにその欲望を制御し、いまでは清々しい顔をしていました。お釈迦様の同じ問いかけに従者は「あれは沙門といい、出家修行者でございます《と答えます。
 そこで強く出家への憧れの念を深められたとされています。いままでの生き方に驕り、老病死の問題を直視できないのならば、解決するために修行しよう。お釈迦様は、自分の知らなかった様々な現実を見て、それまで驕り高ぶっていた心をことごとく断たれてしまったということですね。
 増谷文雄先生が書かれた『仏教百話』では、経典『増支部経典(ぞうしぶきょうてん)』と、それを漢訳した経典『中阿含経(ちゅうあごんきょう)』の叙述から、「四門出遊《の物語が潤色されたと解説されています。「四門出遊《のお話は、すべて事実かどうかはわかりませんが、ただ、お釈迦様がそれに似たような体験をして深く思い悩み、それが出家への下地になったということは想像に難くありません。

  己を毒する「憍逸《

 誰しも長生きをしていれば老いていきます。私にも髪がフサフサしている若い時代がありました。そんな頃は「老《の経験をしていないものですから、老いがどんなものか知らないものです。若い時、年寄りがでしゃばっているのを見ると「あんなにまでなって人前に出てこなくてもいいのに《と、とんでもない考えを持っていました。
 若いということは結構なことですが、老いてからこそわかる大事なこともあります。若さの驕りは、自分を毒し、老いた人たちに対しても冷たく、意地悪くなってしまいます。
 先日、まだ六十歳にもなっていない知人ががんで亡くなりました。大変お気の毒と思ったのですが、よくよく聞いてみると定期的な健康診断を受けていなかったといいます。なぜ、取り返しのつかない状況まで放っておいたのだ、と非常に残念に思いました。若さの驕りと同様に、「自分は元気だ、病気はしない《という強い過信を持っていると、健康診断にも行かないのです。また、病んでいる人に対して「病気ばっかりしやがって《「体の弱い奴だ《と冷たい態度をとってしまいがちです。健康な人は己の健康に驕ります。本当は自分が病む身かもしれないのに、そういうことに気がつかないのです。
 そして、生存の問題です。「生きている《ということは自分の力だけによるものなのでしょうか。食べるもの、着るもの、住む場所等、自分が生きていく上で必要なものはたくさんありますが、その中のほとんどは他人様の手をわずらわして頂戴しているものです。それにもかかわらず「自分の力だけで生きている《という驕りが人間にはあるものです。
 そして生物は必ず死にます。何度も申し上げていますが、人間の死亡率は一〇〇%です。死から逃れることはできませんが、逃れよう逃れようと思っている人が結構いるんですね。これは生存の高ぶりにほかならないのではないでしょうか。
 「四門出遊《のお話は、お釈迦様の出家の経緯を伝えるだけでなく、「青春の憍逸《「健康の憍逸《「生存の憍逸《の三つの高ぶりを戒め、若い時に、健康な時に、生きている時に、一歩後ろに引いて「生老病死(しょうろうびょうし)《の問題を考えなさい、というメッセージが込められているのです。
 その戒めを守ることで、他人様に迷惑をかけない思いやりの心が生まれるのではないかと、私は思っています。

〔北貢一著『七歩あるいて読む仏教』(リベラルタイム出版社)から著者の許可を得て転載〕(憍は、インターネットでは受け付けない文字で、「立身偏(りっしんべん)《に、「喬《です。)