[ビジネス縁起観からのメッセージ]        浪 宏友


 私の話を聞いてくださった中小企業の経営者が、声をかけてくださいます。
 実に良い話だ。まったくその通りだ。うちの社員たちにも聞かせたい。機会を作って、お願いしたいが、どうか。
 私は、「ありがとうございます。どうぞ、いつでも、お声をかけてください」と、返事をします。
 しかし、お声がかかったことは、ほとんど、ありません。

 多くの経営者が、ある間違いをしています。それは、自分が学ぶことは考えないで、社員に学ばせようとしていることです。
 そんなに感動したのなら、自分自身を成長させるために、自分自身が学べばいいのです。そうすれば、社員は自然に学ぶようになります。
 自分は学ばないで、社員にだけ学ばせようとする姿勢で社員にアプローチしても、社員の心は動かないと思います。社員もまた、自分が学ぶことは考えないで、他人に学ばせようとするだろうからです。

 良い話、為になる話を聞くと、社長なら「社員に学ばせたい」と言い、社員なら「社長もこういう話を聞けばいいんだ」と言います。
 男性に聞かせると「うちの女房にも聞かせたい」と言い、女性に聞かせると「あの人も、こういう話を聞けばいいのよね」と嘆きます。

 何故、自分が学びたいとは言わないのでしょうか。何故、身近な人に聞かせたいと言うのでしょうか。
 その心を推察してみると、おしなべて、こんなことではないかと思います。
 まず、自分は学ぶ必要がないのです。自分には改めるべきところがないからです。
 改めるべきところがあるのは、身近な人のほうです。社長なら社員、社員なら社長です。夫なら妻、妻なら夫です。このほかの関係も、推して知るべしでしょう。

 そこには、身近な人の日常的な姿や振る舞いに対して不満を抱いている自分がいるのです。その心の中に動いているのは、自分は正しいという思いと、あいつは間違っていると非難する心です。そして、そのもうひとつ向こうには、あらゆる人が自分の意のまま思いのままになって欲しいと思う、自分本位の心です。

   そんな自分を改めるために、そして人間として向上するために、自ら学んでくださるといいのですが、そういう人は、きわめて少数派だというのが私の実感です。             (浪)
☆「詩人散歩」平成22年夏号に掲載