◇何丸翁
創業二百年の二葉堂というお菓子屋さんが長野にある。ひょんなことから、その会長さんと面識を得て、一冊の本を頂戴した。
『何丸 文化・文政の俳学者』と題するこの本の表紙には、宗匠頭巾をかぶった人物がゆったりと坐わっている。何丸翁である。
何丸翁生誕の地である、長野市吉田地区の人々によって結成された「何丸翁顕彰保存会」が発行している。このお菓子屋さんもこの会のメンバーで、何丸翁顕彰のために「何丸」という和菓子を製造、販売しているとのことだった。
◇信州名物
あの十返舎一九に、信州名物を折り込んだ狂歌がある。
儒は太宰 相撲雷電 武士真田 そばに月見に 一茶・何丸
一茶と何丸が並べられているが、二人は同時代を生きた信州出身の俳人なのである。
私は「一茶」の名はよく聞いたけれど「何丸」の名はほとんど聞いた覚えがなかった。しかし、この本に触れて、何丸翁は、社会的に大活躍をした有名人であることを知ることができた。
◇大宗匠
何丸翁は、ものすごい勉強家で、三十冊以上の著作を残しているという。
『七部集大鏡』(全八巻)について、「芭蕉の七部集に多くの古典を参考に註釈を加えた著書で、これにより二条家から大宗匠を与えられたと評されている」と、この本にある。
大変な労作であったことは間違いない。
◇魅力
何丸翁は、現代では、俳人としてよりは俳諧学者として有名であるようだ。しかし、当時は俳人として活躍し、多くの人々と交流し、多くの弟子を育ててきた。なかでも息子たちが、父親を尊敬して跡を継いでいると思われる節がある。人間的にも魅力があったに違いない。
◇姥捨山
この本の中に「姥捨山二」と題する何丸翁の一連の句がある。田毎の月で有名な姥捨山も、この日はあいにくの雨だったらしい。
名月のけちめや雨に狙(さる)の声
狙は猿であろう。姿を見せない名月に、けちんぼと言ったら猿に笑われたのであろうか。
名月の雨も世界の面伏
「面伏」は「おもてぶせ」であろう。恥ずかしくて目を合わせることができないから顔を伏せるのであろう。
「世界」は、何丸翁のイメージではどんな世界だったか分からないけれど、現代の世界は、まさしく、面伏せしたくなるような状況である。このような世の中で名月を見ても、心から喜べないかもしれない。
何丸翁の批判精神がさりげなく覗いているようで上手いものだなあと感心してしまった。 (浪)
☆「詩人散歩」平成24年秋号に掲載