◇剣幕
「聞こえたら、返事をしろ!」と怒鳴っている上司がいます。
「えっ、俺ですか!」と、若い部下が振り向きます。
「さっきから呼んでるのが聞こえないのか!」と、また怒鳴っています。
「すいません、聞こえませんでした」
「あんなに呼んでるのに、聞こえないわけがあるか」
「すいません」
若い部下は、戸惑いながらも、上司の剣幕にただあやまるばかりです。
◇けしからん
上司に言わせれば、自分が呼んだら、聞こえなくてはいけないのです。聞こえたら、返事をしなければいけないのです。
部下にしてみれば、作業に没頭していたために上司の声が本当に聞こえなかったのです。聞こえていれば、返事をしたのです。
そして、上司はかんかんに怒り、部下はひたすらあやまるばかりです。
◇ちょっと待てよ
上司の立場で、考えてみましょう。
若い部下を呼んだけれど、返事がありませんでした。そこで、腹を立てました。
しかし、ちょっと待ってください。
若い部下を呼んだけれど、返事がありませんでした。そこで、どうしたのかなと様子を見にきました。部下は、夢中になって作業をしています。そこで、作業が一段落するまで待ちました。
この方が、ずっといいのではないでしょうか。
◇もっと深く
こんな場合はどうでしょう。
若い部下を呼んだけれど、返事がありませんでした。どうしたのかなと様子を見ますと、呼んだ時にちらりとこちらを見ているのに、返事をしません。そこで腹を立てて怒鳴ることになりそうですが、人間味のある上司は、そんなことはしません。さらに、もう一歩深めて考えます。
明らかに聞こえているのに、わざと返事をしないのには、わけがあるに違いないからです。そのわけを突き止めてから、怒るなら怒る、心配するなら心配する、話し合うなら話し合うのです。
◇どっちの上司
目の前の現象だけに心を奪われて、前後の事情を調べることもなく、隠れた理由を探ることもなく、相手の立場に立つこともなく、ひたすら怒鳴りまくる上司。
ちょっと待てよと様子を見たり、何かあるなと深く観察したり、何故だろうと相手の身になって考える上司。
さて、どちらの上司のほうが、部下がよく働くでしょうか。
(浪)
☆「詩人散歩」平成26年秋号に掲載