[ビジネス縁起観からのメッセージ]      浪 宏友


 仏教には「五戒」と呼ばれる教えがあります。人間らしい人間として生きていこうと思うなら、最低限度、するべきではないことです。

 五戒は、次の五つです。
  不殺生戒=殺生をしない
  不偸盗戒=盗みをしない
  不妄語戒=嘘をつかない
  不邪淫戒=不倫をしない
  不飲酒戒=お酒を飲まない

 これを見ると、「おや?」と思うところがあります。はじめの四つは、確かにしてはいけないことだと思います。しかし、五つ目の「お酒を飲まない」というのは何だろうと思ってしまいます。
 その理由が、お経のどこかに書いてあるかもしれないと思って、それとなく探していましたら、ありました。仏教経典のなかでも、もっとも古いもののひとつとされる『スッタニパータ』に次の一節を見つけました。

「けだし諸々の愚者は酔いのために悪事を行い、また他の人々をして怠惰ならしめ、(悪事を)なさせ る。この禍いの起るもとを回避せよ。それは愚人の愛好するところであるが、しかしひとを狂酔せしめ迷わせるものである」(中村 元訳『ブッダのことば スッタニパータ』岩波文庫、八二頁)

 多くの愚かな人は、お酒に酔って悪いことをするとあります。ズバリです。自分ばかりでなく、他人にもお酒を飲ませて仕事を怠けさせ、また悪いことをさせるとあります。そして、こんなわざわいを起こすもとであるお酒を避けなさい−−−つまり飲むのをやめなさいとあります。そして、お酒は、愚かな人が愛好するものだけれども、人を狂酔させて迷わせると駄目押しをしています。

 飲酒に関する生理学では、ある程度以上のお酒を飲むと、脳が麻痺して、自制心を失うと言っています。さらにお酒を飲むと、人間らしさを保つ脳が麻痺して、けだもののようになってしまうのだそうです。日本では、泥酔した人を「トラ」と呼ぶことがありますが、言い得て妙であると、ある専門家が言っていました。

 コロナ禍の日本では、大勢で集まってお酒を飲むのはやめてくださいと言われ続けてきました。それでも、なんのかのと理屈をつけて、大勢で飲酒をしたり他人にさせたりが絶えません。周りのことなどお構いなしに、自分たちの快楽だけを追い求めるこの人たちは、お酒を飲む前から自制心を失っているのでしょうか。

 お酒を飲むなら、自制心を失わないうちに止めるべきでありましょう。それが出来ないのなら、やはり五戒に従って、お酒を飲まないのが一番だろうと思います。(浪)

 ☆「詩人散歩」令和03年夏号に掲載