[ビジネス縁起観からのメッセージ]      浪 宏友



 ある中小企業の社長がぼやきます。
 「あいつは、いくら言っても直さない」
 ヒューマニスティック・コンサルテーションの私は、心の中で苦笑しました。

    この社長の会社に、悪い癖を持った社員がいるのです。そのために、他の社員といざこざを起こしたり、顧客からクレームが入ったり、社長としては困りぬいているのです。
 この社員は、技術力が高くて、重宝しているのですが、この悪い癖ばかりは困りものです。

 社長は、その癖を直すようにと、何度も何度も諭すのですが、分かったような分からないような返事をするばかりで、何も変わらないのです。

 「これだけ言っても分からないんじゃ、あの腕は惜しいけれど、やっぱり、やめてもらうしかないかもしれないな」
 社長はそんなことをつぶやきます。会社全体のためを思えば、それもひとつの方法かもしれません。
 ところで、先ほど私が苦笑したわけをお話ししましょう。私は、社長のぼやきを、原因・条件・結果・影響の原理を使って考えています。
 社長は、この社員に、悪い癖を直してもらいたいのです。そこでこの社員を原因とします。社長が社員に対して行なう働きかけが条件です。
 社長が社員に働きかけますと、社員の心に動きが生じます。これが結果です。
 社員は、自分の心の動きに応じて言葉を発し、行動します。これが(結果の)影響です。
 社長が、この社員に、その癖を直しなさいと言い聞かせます。これを聞いた社員の心の中に、この癖を直そうという気持ちが芽生えれば、社員は、癖を直す努力を始める可能性があります。
 社長に言い聞かされても、この癖を直そうという気持ちが生じなければ、社員は、何もしないでしょう。この社員は、こちらのほうだったのです。

 社長は、いくら言い聞かせても直そうとしないこの社員に対して、繰り返し言い聞かせてきたわけですが、本当は、ほかにやるべきことがありました。それは、これだけ言い聞かせても、直そうとしないのは何故か、と考えることです。
 この掘り下げをしないまま、効き目の無い言い聞かせを、繰り返している社長に、一面では、粘り強いなあと感心しながら、一面では、掘り下げる力がないんだなあと気の毒に思います。そんな気持ちがないまぜになって、私は、心の中で苦笑してしまったのです。

   この社長が、原因・条件・結果・影響の原理を使えるようになれば、こんなぼやきは出てこなくなるだろうにと思います。しかし、お教えする機会がないなあと残念に思いつつ、黙ってお別れしました。(浪 宏友)