【随筆】 金星              浪   宏 友


 子供のころ夕焼けが好きで,夕方になると近くの川辺に出て西空を眺めていました。日が沈むと明るい星が輝きはじめます。宵の明星です。一番星みいつけたと指さすことの多い星です。
 朝,太陽が昇る少し前に東の空に明けの明星が出ます。朝早く起きることが稀でしたから,明けの明星はあんまり見ていません。宵の明星も明けの明星も金星なのだということは,ずいぶんあとで知りました。太陽に一番近い惑星は水星で,金星は二番目です。地球は三番目ですから金星と地球はお隣さんです。その上よく似ているところがあるというので,兄弟星だと言われることもあります。
 二つの星は大きさや質量がよく似ています。金星が地球よりもほんの少しだけ小さいようです。どちらにもクレーターがほとんど見られません。密度や化学組成がよく似ています。こんなことから兄弟星だと言われるようになったのでしょう。
 しかし,人間でも兄弟がまったく違うところがあるように,金星と地球もまったく違うところがあります。
 現在の地球の大気は,窒素が80%弱で酸素が20%強。地球環境問題の主人公になっている炭酸ガスは0.03%ぐらいです。と ころが金星では炭酸ガスが96%。大気のほとんどが炭酸ガスなのです。原始地球の大気には金星と同じように炭酸ガスが満ちていたと考えられています。何故,今は大気中の炭酸ガスが少ないのでしょう。
 知識の断片を重ね合わせてみますと,地球には大気中の炭酸ガスが少なくなる仕組みがあるようです。海水が炭酸ガスを吸収しています。植物には炭酸同化作用があります。海に住む生物のはたらきや,植物の炭酸同化作用によって固定された炭酸ガスが,石灰岩や石炭,石油となって閉じ込められています。こんなことが重なって大気中の炭酸ガスの量が少なくなったようです。
 ところが人間が,液体や固体のなかに閉じ込められている炭酸ガスを,大気中に放出し始めました。セメントを製造する過程で石灰岩から炭酸ガスを排出したり,石炭や石油を使うことによって炭酸ガスを排出したり。こうして大気中の炭酸ガスが増加していくと,炭酸ガスをはじめとする温室効果ガスの影響が大きくなって,地球上の平均気温が次第に上がってきます。
 これを防ぐための国際的な行動計画が立てられたりしていますが,人間には「手遅れにならないと意見が一致しない」という傾向がありますから,世界中が一致して努力するということにはなかなかなりません。
 金星は大気の大部分が炭酸ガスであり,上空は硫酸の厚い雲に閉ざされています。このために,強大な温室効果がはたらいて地表の温度は400度から740度にまで達します。錫や鉛などはたちまち溶けてしまう温度です。
 一方,地球には水が満ち満ちていて水の惑星とまで言われていますが,金星には水はほとんどありません。高温で蒸発してしまったのでしょう。
 こうした違いがどうして起きたのか,なかなか,詳しいことは分からないようです。
 違いといえば,面白い違いがあります。地球は公転の方向と自転の方向が同じです。ところが金星は逆になっています。だから,金星では太陽は西から昇って東に沈みます。
 金星の1年は地球の225日です。ところが,金星の1日は地球の243日です。1年のほうが1日よりも短いのです。
 こうした違いは,地球にいる私には奇妙に思えますが,事実なのです。
 世間は広い。宇宙は広い。まだまだ知らないことがたくさんありそうです。(浪)

 出典:炭酸検協会報(平成17年7月号に掲載)