【随筆】−「火星」            浪   宏 友


 火星は,怪しい赤色で少年時代の私の心をひきつけていました。惑星は自分では光を出していません。太陽の光を反射して,それを私たちが見ているのです。そのなかで火星だけが赤く見えるのは何故でしょうか。
 1965年7月に火星付近をマリナー4号が通過しました。この後,いくつもの宇宙船が探査に活躍しました。いくつかの探査船が火星に着陸しました。
 送ってきた写真をみると,火星の表面は岩や砂ばかりです。こうした砂や岩には酸化鉄が豊富に含まれているのだそうです。要するに鉄さびです。火星が赤いのはそのためなのだそうです。
 火星を観測していると,表面にいろいろな動きが見られるのですが,何が起きているのか,その理由は何なのか,昔は分からないことだらけでした。そのために,なおのこと想像をかきたてられる秘密の惑星でした。
 実際,火星を舞台としたSFがいくつも生まれていましたし,少年雑誌にも火星のさまざまな話題が掲載されていました。そうした話に触発されて,私もまた火星を舞台に想像の翼を羽ばたかせていました。
 火星には運河があるとか,そんなものはないとか,学者たちの議論が盛り上がっていました。運河があるという人々が,運河を建設した火星人を想像しました。運河の様子からすると,火星人は知性が高いようだから頭が大きいはずだ。重力が小さいから手足は細いなどと考えて描いた火星人は,たこのような格好をしていました。あれは,宇宙人のはしりだったのではないでしょうか。
 昭和天皇の弟である常陸宮正仁親王は,青年時代,その容貌から「火星ちゃん」と呼ばれて親しまれていました。
 そのころ,火星の土地を売りに出したグループがあって,知り合いのおじさんが,火星の土地を買ったよ,これが権利書だと書類をみせてくれたことがあります。税金がかかるんじゃないのと言ったら,おどかさないでくれとおどけていました。現在もなお,火星の土地は売りに出されているようです。
 惑星のなかで人が居住できそうな惑星は,やはり,火星だけかもしれません。
 水星は,地表の温度がもっとも低いときにはマイナス180度以下,もっとも高いときにはプラス400度以上になるそうです。とてもじゃないけれど,人間が耐えられる環境ではなさそうです。金星の上空には硫酸の雲が厚くたちこめているといいますから,とても入っていけそうもありません。
 木星,土星,天王星,海王星は,水素とヘリウムの厚い大気を持つガス惑星で,人間が降り立てるような星とは思われません。冥王星は遠すぎるせいかよく分かってません。
 こうしてみると,なんとかなりそうなのはやはり火星だけのように思われます。
 火星に居住しようという人類の夢はふくらみつづけ,最近は科学的根拠を携えて,いかにも現実味を帯びた火星移住計画が発表されたりしています。
 ときおりその背景に,地球が核兵器で滅びるのではないかという懸念がちらつき,人類の避難先として火星が選ばれるというようなモチーフが横たわっていたりするのは,実に残念です。
 最近,アメリカの大統領が,月を足場にして火星に人を送り込むという構想をぶちあげました。最新の技術を使っても,地球から火星までは1年くらいかかるようです。往復では2年以上になります。数人の宇宙飛行士が行くとしても,その準備は大変なものだろうと思います。
 それにしても,真っ暗でがらんとした宇宙空間を漂う長い旅路を経て,火星表面に降り立った最初の宇宙飛行士は,どんな感慨をいだくことでしょうか。(浪)

 出典:炭酸検協会報(平成17年9月号に掲載)