【随筆】−「雪の伝説」               浪   宏 友


 雪道を歩いていると、後ろから足音がついてきます。振り返ると、誰もいません。しかし、足跡がくっきりと残っています。また歩きだすと、やっぱり足音がついてきます。気味が悪いので足を早めれば、足音も早まります。立ち止まって振り返ると、誰もいません。これは雪ミノに違いありません。
 ミノというのは、雨の日や雪の日に着る、わらで作った合羽のようなものです。大雪が止んだ夜、雪道を歩くと、雪のように真っ白なミノをまとってついてくる妖怪が雪ミノです。振り返っても見えないのは、ミノと雪の見分けがつかないからです。
 雪ミノに会ったら、油断なく、落ち着いて歩くことが肝心です。逃げようとしてつまづき、雪の中に倒れたりしたら、起き上がれなくなってしまうからです。家の明かりが見え始めると、雪ミノはそれ以上ついてこなくなります。それまで、怖くても我慢しなければなりません。
 雪ミノは、どうしてついてくるのでしょうか。それはだれにも分かりません。
 もうちょっと怖そうな妖怪に、一本ダタラがいます。
 山の中、雪の上に、幅30センチばかりの大きな足跡を見ることがあります。必ず一本足です。これは一本ダタラという妖怪の足跡です。
 フイゴを踏み続けたために片足が萎えてしまい、解けた鉄の輝きを見つづけたために片目が失明してしまった。そんな鍛冶師が死んだ後に片目、一本足の妖怪一本ダタラとなって山をさまようというのです。
 一本ダタラの足跡を見た者はいるけれども、姿を見た者は誰もいません。それなのにどうして片目で一本足と分かったのかよく分かりません。もっとも、そんなことは、伝説の世界ではどうでもいいことですが。
 雪国の妖怪といえばやはり代表は雪女です。
 冬のある日、連れと一緒に猟に出た男が帰れなくなり炭焼き小屋に泊まりました。そこに雪女がやってきます。連れの男は雪女に凍らされてしまうのですが、男の方は助けられます。ただし、今夜のことは決して他言してはならないときつく言い渡されてしまいます。
 ある日、男のところに雪のように肌の白い女が迷い込んで、そのまま女房におさまり、子までもうけます。幸せ一杯のある夜、気を許した男は、我知らずあの夜のことを女房に語ってしまいました。すると、女房は雪女の本性を現し、禁を破った男を凍らせようとします。そのとき泣きだした赤子の声に、雪女は力が萎え、子供を男に託して山に帰ってしまいました。
 気のいい男の悪気のない失敗が、折角の幸福を台無しにしてしまったのです。
 雪女のほかに、雪女郎、雪女子、雪婆などもいるようです。
 ある吹雪の夜に戸を叩くものがいるので、男が覗いたら、幼い女の子が泣いていました。かわいそうに思って家の中に入れ、火のそばをすすめましたが、何故か寒い隅のほうに座ります。おかしな子だなあと思いながらそのままにしておきました。
 真夜中、吹雪がいちだんと激しくなったころ、また戸を叩く音がするので、戸を開けたら、真っ白な着物をきた女が立っています。驚いていると、その子の母親だと名乗って、女の子を荒れ狂う吹雪の中に連れていってしまいました。
 ある夜、男が帰りが遅くなり、激しい吹雪にあって道に迷ってしまいました。このまま雪に埋もれてしまうのかと悲しい気持ちになっていると、あの女が子供を連れて現れ、家まで道案内してくれました。実は女は雪女郎で女の子はその娘だったのです。
 雪女は妖怪の仲間になるのでしょうが、恐ろしいような、人間臭いような、ちょっと不思議な存在に思えてきます。   (浪)

 出典:炭酸検協会報(平成18年12月号に掲載)