【随筆】−「原始の海」               浪   宏 友


 46億年前に地球が誕生してからしばらくの間は、周囲を漂う岩石が地球の重力に引き寄せられて、激しい衝突を繰り返しました。このため大量の熱を発生し、地表はどろどろに溶けてマグマオーシャンの状態になっていました。
 地球の大気は、始めは宇宙に存在する水素やヘリウムだったのではないかと考えられています。これを一次大気といいます。こうしたガスは軽いので、地球の重力では引き止めきれずに離れて行ってしまいました。
 地球に次々と衝突する岩石が高温で溶けたとき、ここから出てきたガス成分が改めて地球の大気になったと思われます。これを二次大気といいます。現代科学が隕石に含まれている成分や、他の惑星の大気などを研究して推測したものです。
 二次大気は、二酸化炭素、窒素、水蒸気を主成分としていました。酸素はありませんでした。当時の大気圧は現在の気圧の数百倍もあったようです。
 地球の周りを漂っていた岩石が数少なくなり衝突も少なくなりますと、地表の温度も落ち着いてきました。こうしたなかで大気中にあった水分が上空に雲をつくり、雨を降らせました。しかし、まだまだ地表は高温でしたから、雨は地面にたどり着く前に蒸発してしまいました。
 空中で蒸発しては雨になり、また空中で蒸発してはまた雨になる。長い間こんなことを繰り返すうちに、地表の温度もだんだん下がり、雨は少しずつ地面に近づきました。そしてついに雨が地面に届く日が訪れたのです。
 地面はまだまだ熱かったでしょうから、やっと地表に到達した最初の雨はたちまち蒸発してしまったでしょう。そのたびに、地表の温度は下がっていったにちがいありません。
 やがて蒸発せずに地表にとどまり、最初の水たまりができました。これは、地球の歴史上、特筆すべきことと言っていいでしょう。
 長い間大気中に蓄えられていた水が、大量の雨となって地表に降り注ぎ、水たまりはどんどん広がりました。水たまり同士がつながりあってさらに大きな水たまりになりました。
 豪雨は千年も続きました。とうとう地表は水に覆われてしまいました。陸地が無くなってしまったのです。文字通り、水の惑星の誕生です。
 原始の海には、原始大気に含まれていた二酸化炭素、亜硫酸ガス、塩化ガスなどが大量に溶け込みました。このため海水は強い酸性を示していたに違いないといわれています。また、大気の成分がどんどん海に溶け込み、気圧もどんどん下がったことでしょう。
 当時の月は地球の間近をすごいスピードで回っていました。このため潮もひっきりなしに満ちたり退いたりしたでしょうし、引力の作用も桁外れだったはずですから、潮の干満の差も途方もなく大きかったでしょう。月のおかげで海はひっきりなしにかき回されていたであろうと推測できます。 当時の地球はまだ地殻も定まらず、海底では火山活動も活発だったはずです。太陽からは強烈な宇宙線や紫外線も降り注いでいたでしょう。隕石も、かなりな量が原始の海に飛び込んできたに違いありません。
 こうして想像すると、当時の地球は、荒れ狂っていたようにさえ思われます。しかし裏を返せば、原始の海はエネルギーに溢れていたと見ることもできます。
 こうした条件があったからこそ、海の中に高分子化合物が生成され、そこから自己複製やら代謝やらを行ういわゆる生命体が発生できたのかもしれません。
 生まれて間もない地球の激しい姿には、ただただ驚くほかありません。  (浪)

 出典:炭酸検協会報(平成19年2月号に掲載)