【随筆】−「隕石重爆撃事件」               浪   宏 友


 2006年8月24日、チェコの首都プラハで開催されていた国際天文学連合の総会で太陽を周回する天体が、惑星、dwarf planet(小型の惑星というほどの意味)、Small Solar System Bodies(太陽系の小さな物体ということでしょうか)の三つに定義されました。
 これによって、これまで惑星とされてきた冥王星はdwarf planet(小型の惑星)のひとつとなりました。冥王星ファンには衝撃的な事件だったようですが学問的には妥当な結論とされているようです。
 以前から、冥王星は他の8つの惑星とは異質であることが指摘されていました。その理由はいくつかありましたが、そのひとつが軌道です。
 他の8つの惑星はどれも太陽を中心とした同じ平面上にあるのに、冥王星の軌道は大きく傾いていました。また、8つの惑星はいわば同心円を描いて軌道が重なることはありませんが、冥王星は海王星の軌道の内側に入ることさえありました。
 なぜこうなったかについては、ひとつの仮説があります。
 海王星は太陽から約33億km離れたところで誕生し、その後12億kmほど外側に位置する現在の軌道まで移動したと言われています。
 海王星のすぐ外側には、太陽を周回する小さな天体群があり、カイパーベルト天体と言われています。海王星が移動したときカイパーベルト天体が衝撃を受けました。あるものは軌道を傾け、あるものははじき出されました。冥王星はカイパーベルト天体のひとつであり、軌道はそのとき傾いたのであろうと考えられています。
 話は変わりますが、1969年7月20日、アポロ11号が月面の静かの海に着陸しました。これを手始めにアポロ計画では月面に6回着陸しています。
 アポロ計画によって月の岩石が地球に持ち帰られました。多くの学者たちは熱心に月の岩石を研究しました。すると39億年前ごろに激しい天体衝突があったことが分かったのです。大小さまざまな隕石が月面に数多く衝突したのだそうで、月面の隕石重爆撃事件と言われています。
 当時の月と地球の距離は間近でした。月に隕石重爆撃があったのだとすれば、当然地球にもあったと考えるほうが自然です。この事件は、海王星が移動したときにその衝撃で吹き飛ばされた小天体だったのではないかというのです。
 グリーンランドのイスア地域で発見された約38億年前の堆積岩の中に、生命体に由来すると思われる炭素が発見されたと伝えられています。隕石重爆撃事件から1億年ほど後のこととなります。
 地球では43億年ほど前に原始の海が誕生しました。そのときから、生命体の発生に向かった活動が始まっていたに違いありません。身体をつくるアミノ酸やタンパク質が、どのようにして生まれてきたのか、遺伝情報を担うRNAやDNAは、どんなふうにして形成されてきたのか、想像もできません。しかし、生命体は試行錯誤を繰り返しながら、ゆっくりと生まれてきたのだろうと思います。そう考えれば、40億年ほど前には、生命体らしきものが存在していた可能性はあると思います。
 もしそうだとすれば、生れたばかりの微小な生命体が突然の隕石重爆撃にさらされたことになります。ただでさえ荒々しかった海が、さらに激しく荒れたでしょう。海水もかなりな量が蒸発したことでしょう。
 生まれたばかりの微小な生命体には過酷な試練であったでしょう。しかしこれを乗り越えて、ついに痕跡を残すところまで進化してきたのです。
 生命体はまだ形も定まらないころから、粘り強く力強かったのだなあと、ただただ驚くほかありません。(浪)

 出典:炭酸検協会報(平成19年3月号に掲載)