【随筆】−「生命体の発生」               浪   宏 友


 地球上に生命体が発生したのはいつのことでしょうか。どこで、どんなふうにして発生したのでしょうか。多くの学者たちが熱心に調査・研究を進めていますが、なかなかの難問らしく、さまざまな議論が交錯しているようです。
 南西グリーンランドのアキリア島に分布する38億年前の地層に、炭素質物質が含まれていました。研究の結果、何らかの生命体に由来する炭素であるらしく思われました。そうだとすれば生命体は43億年前から38億年前までの間に誕生していたことになります。しかし、詳しいことはなかなか分からないようです。
 西オーストラリアのビルバラ地域で、微生物らしい化石を含む35億年前の岩石が発見されました。100分の6ミリメートル程度の小さなものです。その形が、海底火山が熱水を噴出している高温・高圧のところに生息する生物とよく似ていました。
 当時の地球表面は、太陽からの有害な紫外線などが降り注ぐきわめて危険な場所でした。このため、生命体は日光の届かない海底に生息していたのではないかと考えられます。しかし、何らかの形でエネルギーを獲得しなければならないとしたら、海底火山の噴出口あたりは、おあつらえの場所だったのかもしれません。
 ところで、生物と無生物はどこで区別されるのでしょうか。おおまかには、次のような点ではないかと考えられます。
 まず自分と自分以外のものとの間の区切りがはっきりしていることです。細胞膜は自他の区切りとして重要な役割を果たしているようです。
 次に物質やエネルギーの代謝を行って、自分自身を維持し続けることができることです。そのための代表的な行為が、餌をとり排泄をすることです。
 また、何らかの方法で子孫を残すことです。高等動物の生殖行動も、植物が種を残すのも、単細胞生物が細胞分裂をするのもみなこのためです。
 自立する、代謝する、子孫を残す。私のイメージでは、そうしたはたらきをしているものが、生命体です。
 生物は環境に応じて自分を変えているように見えます。自立し、代謝を行い、子孫を残すためには、この環境とどうつきあえばいいのかと苦心惨憺しながら、自分自身を変えて適応していく。そのような柔軟性があるように見受けられます。この柔軟性が、生物の進化を促してきたのでしょうし逆に生きた化石を生み出したりしているのかもしれません。
 35億年前の大気には、まだ酸素がありませんでした。海水にも溶け込んではいませんでした。酸素が大気の成分になったのは、ずっと後の25億年前ごろからです。生命体が発生したころは酸素無しで生息するいわゆる嫌気性生物しかいなかったはずです。酸素があると生きられない嫌気性生物は、私たちの目にはちょっと変わり者に映ることもありますが、当初はそれが普通だったわけです。
 ついでながら、酸素があってもなくても生きられる通性嫌気性菌も、酸素があると生きられない偏性嫌気性菌も、私たちの身近で活躍しています。
 私たちの健康を害するはたらきをする嫌気性菌もいますが、健康維持のために働いてくれているものも少なくありません。
 漬物、納豆、味噌、醤油、ヨーグルトなどは嫌気性菌である乳酸菌なしには、考えられない食品です。お酒も、酵母という嫌気性菌が作ってくれます。これらは、ほんの一例に過ぎません。
 地球上に始めて姿を現した微小な生命体が、今も身近で私たちと共に生活しつづけている。こんな事実に接すると、生命体同士の長く深いつながりを感じて、ただただ驚くほかありません。      (浪)

 出典:炭酸検協会報(平成19年4月号に掲載)