【随筆】−「地球の着物」               浪   宏 友


 太陽から吹き出してくる高速のプラズマ流を太陽風といいます。天空を美しく彩るオーロラの元ですが、生命体にとって有害な放射線が含まれています。太陽のすぐそばに位置する地球は、太陽風をまともに受けています。
 太陽はまた強力な紫外線を地球に浴びせかけています。紫外線の中には、生物に有害な成分が含まれています。
 月とか火星とかは、こうした太陽風や紫外線に対して裸の状態ですから、生物が無事に過ごせる環境ではありません。
 ところが地球は不思議な着物を着て、私たちを守ってくれています。
 地球上に生命体が発生したのは40億年くらい前です。このころの地球には、太陽風や紫外線が叩きつけるように降り注いでいたことでしょう。誕生して間もない生命体は、太陽風や紫外線の届かないところを探して生活するしかなかったでしょう。
 地球の中心部分を核と言います。内核と外核に分かれ、内核は固体、外核は液体です。外核は鉄とニッケルを主成分にしていると推定されていますが、対流や地球の自転などの影響で電流が生じ、この電流で磁場が生じます。これが地球磁場です。
 27億年ほど前、地球内部に金属核の対流が始まり地球磁場が現れました。地球磁場のおかげで太陽風が運んできた荷電粒子の大半が地球に飛び込まなくなりました。これによって生命体の生活圏はかなり拡大しました。地球は、磁場という着物を着て生命体を守っているのです。
 40億年ほど前に誕生したばかりの生命体は、強い酸性の海の中、酸素も無い状態の中にいました。このような環境の中で、醗酵に似た方法でエネルギーを生成していたであろうと言われています。
 生命体が太陽光線を利用して光合成を始めたのは30億年ぐらい前と推測されています。太陽光がやっと届くような深い海で行われていたのではないでしょうか。地球に磁場ができた27億年前からは、かなり浅いところまで進出できるようになったはずですから、光合成を行う生命体も増えてきたことでしょう。
 光合成が始まった当時は水ではなくて硫化水素を使い、酸素ではなくて炭酸ガスを生成していたのだといいます。そのうち海水中の硫化水素が底を突きました。すると今度は水を使って酸素を出す光合成を行なう生命体が現れました。これが現在の植物に引き継がれているのです。
 いままで酸素がない環境で生きてきた生命体にとっては、光合成で生成される酸素はきわめて有害でした。酸素が細胞内に入れば、酸化によって体内の成分が分解されてしまうからです。ところが、柔軟でたくましい生命体は、今度は酸素を使って効率よくエネルギーを作り出し始めたのです。
 光合成の原料である二酸化炭素は無尽蔵です。光合成生物は爆発的に繁殖し、生成された酸素は空気の主成分のひとつとなったのです。
 空気中に酸素が増加しますと、太陽光線によってオゾンが生成されます。酸素濃度が上昇すると、オゾン濃度も上昇してオゾン層が形成されます。オゾン層ができると紫外線が地表に届きにくくなります。これもまた、地球の着物となりました。これによって生命体は海の浅瀬や陸上にまで進出できるようになったのです。
 忘れてならないのは大気です。地球は大気に包まれているおかげで、気温の変動もゆるやかです。大気中の水蒸気や粉塵が、太陽光線を和らげてくれます。
 宇宙からの飛来物の多くが大気との摩擦熱で、地表に届く前に燃え尽きます。大気はまさしく地球の着物のひとつです。
 私たちが安心して暮らせる環境が、こんなふうにして出来上がってきたのかと思うと、ただただ驚くほかありません。(浪)

 出典:炭酸検協会報(平成19年5月号に掲載)