【随筆】−「全球凍結」               浪   宏 友


 地球上の生物は、どれも細胞からできています。全ての細胞は細胞膜、染色体、リボソーム、細胞質(原形質)といった共通の構成要素を持っています。
 外界から内部を隔てるために細胞膜があります。細胞膜の内部には、細胞の構造を作ったり、代謝のはたらきをするためのタンパク質があります。また、遺伝情報を担うDNAが染色体の形で存在します。DNAの持つ情報を翻訳する場として、リボソームがあります。
 染色体が細胞内に散らばっている原核細胞と、核膜という入れ物の中に染色体を収めている真核細胞があります。
 原核細胞で出来ている原核生物はすべて単細胞生物です。真核細胞で出来ている生物には、単細胞生物も多細胞生物もあります。私たちが肉眼で普通に目にしている生物は、植物も動物もキノコなどの菌類もみな真核の多細胞生物です。
 地球上に誕生した生命体は、10億年以上も原核の単細胞生物として生きてきました。この間しばしば環境が大きく変わりましたが、その都度生きかたをダイナミックに切り換えてきました。また、生息環境や履歴によって、種類も増えていたと思われます。
 22億年ほど前のことです。なんらかの原因で地球全体が、氷に覆われた時代がありました。これを全球凍結といいます。このときは、赤道直下でも氷の厚さが1キロメール以上もあったというのです。そんな状態が1000万年は続いたらしいので、如何なる生命体も生き延びることは不可能だったのではないでしょうか。
 しかし、深い海の底は凍結しませんでした。また火山の噴出口付近は凍結をまぬがれました。こうしたところで、生命体の一部が、かろうじて生き続けていたと考えられています。
 火山から噴出した炭酸ガスによる温室効果で、さしもの氷も溶けはじめ、また温暖な地球が帰って来ました。
 こんなことが現実にあったのかどうかといぶかる学者もいますが、全球凍結が起こり得ることは理論上確かなようです。地球の歴史上、全球凍結が起きたのはこのときばかりではないと、語られています。
 驚くべきことに、22億年前の全球凍結が終わったあと、生命体は飛躍的な進化をしました。それまでは、原核生物しかいなかったのですが、ここにきて真核生物が誕生したのです。
 真核細胞は、染色体が核膜のなかにあるだけではありません。さまざまな細胞小器官を持っています。細胞小器官のひとつであるミトコンドリアは、もともと独立した原核生物でした。このため真核細胞のDNAとは別に、ミトコンドリアは自分自身のDNAを持っています。
 22億年前の全球凍結が終わったあとの海の中で、真核細胞のもととなった細胞にミトコンドリアが入り込んで、共生関係を結んだのです。ミトコンドリアは、酸素を利用してエネルギーを作り出すはたらきをします。真核細胞はミトコンドリアに住まいを与え、ミトコンドリアは真核細胞にエネルギーを供給するという関係が確立しました。これが動物細胞のおおもととなりました。
 ミトコンドリアの入り込んだ真核細胞にさらに葉緑体の入り込んだものがありました。葉緑体はもともと炭酸ガスと水を取り入れて酸素を出す光合成をする原核生物でした。ここでも共生が始まり、これが植物細胞のおおもととなりました。
 こうして生まれた真核細胞が、その後の生命体のめざましい発展のおおもとになったのです。
 何がそうさせるのかは分かりませんが、一歩また一歩確実に前進する生命体の姿には、ただただ驚くほかありません。(浪)

 出典:炭酸検協会報(平成19年6月号に掲載)