【随筆】−「生命大爆発」               浪   宏 友


 40億年前に地球上に発生した生命体は長く単細胞生物のままでした。地球上には幾度も激しい環境変化があり、その都度自分自身を作り替えることで乗り切ってきましたが、やはり単細胞生物のままでした。
 しかし、いよいよ単細胞のままではいられなくなったのでしょうか。多細胞生物が出現しはじめたのです。
 多細胞生物が出現したのは14億年ほど前という説、いや10億年ほど前という説など、学者たちの説にはかなりの開きがあります。資料の違い、見かたや考え方の違いなどから生まれてくる差だろうと思いますが、それはまた多細胞生物の出現がゆっくりとした変化だったからではないかとも推測できます。
 単細胞生物たちは、ひとつの場所に密集して生活していました。そのような状態のなかで、互いに情報を交換しあったり、役割を分担しあったりすることによって、より豊かに、より安全に生活できることを学んだのかもしれません。一度その方向に動きだすと、生物たちはより効果的なありかたを探って試行錯誤を重ねたのではないでしょうか。そこから多細胞生物として進化してきたのではないでしょうか。
 オーストラリアのエディアカラ丘陵の、今から約5億6000万年前の地層から発見されたエディアカラ生物群は、厚さ数ミリメートルから1センチメートルの平らな体を持っています。海水から直接、栄養を吸収していたと考えられています。
 カナダのロッキー山脈の、バージェス頁岩という今から約5億2000万年前の地層で発見されたバージェス動物群には、現在の私たちから見ると、奇妙に見えるものが数多くあります。アノマロカリス、ハルキゲニア、オパビニアなど、現在の生物を見慣れている私たちにはちょっと想像もつかないような形をした生物たちでした。
 中国・雲南(ユンナン)省の、澄江流域にある5億3000万年前の地層からも、見たことも聞いたこともない生物たちが化石となって発見され、澄江(チェンチアン)動物群と名付けられています。
 地質年代区分では5億4000万年前から5億年前を古生代のうちのカンブリア紀と呼んでいます。バージェス動物群、チュンチアン動物群はまさしくカンブリア紀の真っ只中です。エディアカラ動物群はカンブリア紀に入る直前から入ったばかりの頃にかかっています。
 これに先立つ7億5000万年前から5億8000万年前に、地球全体が氷に閉ざされるスノーボールアースが数回繰り返されました。その直後から生物の種類が激増して、多様なデザインの動物群が生まれたのです。この事件をカンブリアの生命大爆発といいます。
 生命大爆発で現れた生物の多くはやがてすがたを消したようです。しかし、現在の生物のおおもとになったものが、この時代にすべて含まれているとのことです。
 バージェス動物群の中に、ピカイアという脊索 (背骨の原型) を持つ弱々しい生物がいました。ピカイアは最古の脊索動物とされてきました。脊索動物から脊椎動物が生まれ、魚類、両生類、爬虫類を経て哺乳類が誕生します。哺乳類が進化してついに人類が誕生します。そのおおもとが、小さな弱々しい脊索動物のピカイアであろうといわれてきました。
 ところが、チェンチアン動物群のひとつカタイミルスがやはり脊索動物で、ピカイアよりも古いという話がでてきたのです。本当のところはどうなっているのか、なかなか単純にはいかないようです。
 それにしても、生命体の可能性をあらいざらい実験したかのように、多様なデザインの生物が現れ、その中から現在の動物が生まれてきたらしい生命の試行錯誤には、
ただただ驚くほかありません。  (浪)

 出典:炭酸検協会報(平成19年7月号に掲載)