【随筆】−「大量絶滅」               浪   宏 友


 地球上に生命体が現れてから現在まで、40億年以上に及ぶと見られる生命体の歴史は、生命体にとって苦難の連続であったというほかはありません。その象徴的なできごとが、これまでに幾度となく起こった生命体の大量絶滅事件です。
 ここで大量絶滅というのは、地球上に存在していた生命体の多くの種類が、同時に絶滅することです。その原因は環境の劇的な変化でした。地球全体に、生命体が生きていくことの出来ない環境が、広がってしまうのです。
 ところが不思議なことに、生命体が全滅したことはないらしく、どんな過酷なときでも、最後の灯だけは細々と生き残りました。そして再び地球環境が整うと、爆発的に大きな発展を遂げるのです。
 39億年前に、隕石重爆撃事件がありました。恐らく原始の海は荒れ狂ったり、熱水になったり、あるいは干上がったりしたでしょうから、誕生したばかりの生命体は相当痛めつけられたのではないかと思います。それでも38億年まえの岩石に生命体の痕跡を残し、35億年前の地層に顕微鏡サイズの化石を残しました。
 地球に磁場ができて生命体の生きる場所が増えたのは良かったのですが、このため酸素を生成する光合成生物が爆発的に増えました。酸素の無いところで進化してきた当時の生命体にとって、酸素は極めて有害でした。このため、酸素のないところに逃げ込めた生命体を除いては、絶滅したのではないかとさえ言われています。
 ところが今度は酸素を利用して効率のよいエネルギー生産を行う生命体が現れました。22億年前の全球凍結のあとに、真核細胞と共生を始めたミトコンドリアの原型は、この時代に生まれたのではないかと思われます。
 7億5000万年前,海水がマントル層へ逆流して海面が200メートルも下がり浅瀬が増えたそうです。これだけでも大変な環境変化です。その上、7億年前から5億年前までの間に、全球凍結が幾度か繰り返されました。これで生き残った生命体はほんの少ししかいなかったでしょう。
 ところがその直後、広がった浅瀬を利用して、実に多様な生命体が一気に出現しました。カンブリアの生命大爆発です。このとき出現した生命体のなかに、現代の動物のおおもとになったものが、すべて含まれているということです。
 大量絶滅の歴史はなお続きます。
 4億3500万年ほど前のオルドヴィス紀末に大量絶滅があり、このあとに魚の時代が訪れました。
 3億6000万年ほど前のデボン紀後期にも大量絶滅があって、このあと、生物が陸に上がりました。両生類が出現し、爬虫類が生まれ、哺乳類型爬虫類が全盛期を迎えました。
 そして約2億5千万年前、ペルム紀末に地球史上最大と言われる大量絶滅が起こりました。全ての生物種の90%から95%が絶滅し、3億年も栄えていた三葉虫もこのときに絶滅しました。この時期、地球全体で海岸線が後退した痕跡がみられるそうで、これによって大量絶滅を引き起こしたという説があります。巨大なマントルの上昇流であるスーパープルームによって発生した大規模な火山活動が、大量絶滅の原因になったという説もあります。
 恐竜が出現し、また哺乳類が出現したのはこの後でした。
 ところが、いまから6500万年ほど前に、巨大な隕石が地球に衝突しました。これをきっかけに恐竜が絶滅したと言われています。その後、哺乳類が栄え、ついに人類の誕生となるのです。
 地球の長い歴史のなかに、こんな苦難と再生の物語が潜んでいたなんて、ただただ驚くほかありません。      (浪)

 出典:炭酸検協会報(平成19年8月号に掲載)