【随筆】−「生物からの贈り物」               浪   宏 友


 原始地球では、大気中にも海水中にも酸素がありませんでした。地球上に現れた最初の光合成生物は、酸素を出しませんでした。やがて、環境変化に伴って酸素を出す光合成をする生物が現れました。25億年ほど前になると、光合成生物であるシアノバクテリアが大量発生して、酸素が大量に放出されました。
 古生物のはたらきがなければ、地球上にこれほど大量の酸素は生み出されませんでした。そういう意味では、酸素は生物からの貴重な贈り物と言えるでしょう。
 原子の海には大量の二価の鉄イオンが溶け込んでいましたが、大量発生した酸素によって水に溶けにくい三価の鉄イオンとなり、大量の酸化鉄の沈澱を生み出します。現在、鉄鉱石として採掘されている縞状鉄鉱層は、生物が作った酸素によって作られたものだったのです。これまた、生物から私たちへの贈り物でした。
 現代建築にコンクリートは欠かせない材料です。コンクリートは、砂や砂利などの骨材と、水、セメントを混ぜて固めたいわば人造の石です。このセメントを生産するために山が削られますが、削りだされているのは石灰岩です。
 石灰岩の多くは、フズリナ、ウミユリ、サンゴ、貝などの生物の殻が堆積してできたものです。こうした殻は炭酸カルシウムを主成分としています。石灰岩のひとつに大理石があります。大理石は建築材料に使われたり、工芸品の材料になったりしています。石灰岩も大理石も、やはり生物からの贈り物だったのです。
 珪酸の殻をもつ放散虫や海綿などが海のなかで死んで深海底に沈んでいきます。海底に溜まった珪酸が圧力を受けて固い石になります。これがチャートです。江戸時代に使われていた火打ち石、石器時代に刃物に加工されていた石などに、チャートが使われていました。ただの石っころと思っていたのに、長い間かかって作られた、生物からの贈り物だったのです。
 地球上に生まれた生物は、長い間海のなかで暮らしていました。太陽風や紫外線が上陸を阻んでいたのです。しかし、地球に磁場ができて太陽風をガードしてくれるようになり、オゾン層ができて紫外線を食い止めてくれるようになったので、上陸への条件はだんだん整ってきました。
 最初は水辺の小さな藻のようなものが波に打ち上げられるようにして陸に上がっていったのだろうと思います。そうした積み重ねが長い間続いたのでしょう。ついに植物が本格的に上陸を成し遂げました。4億年前とも5億年前ともいわれています。
 そのころの植物はシダの仲間だったと言われています。陸地の湿地帯に繁茂した植物たちは、どんどん成長したようです。3億年ほど前には、10メートルを越えるシダ植物の森林が形成されていたことが化石からわかっています。
 こうした植物が、湖や沼などの底に堆積して、腐食します。これがやがて泥炭となり、地殻変動などによって地中に入り、地熱と地球の圧力により、長い年月をかけ固形化します。これが石炭です。
 数億年前に生物の死骸が海底や湖底に堆積しました。その大部分が化石化してケロジェンと呼ばれる物質になります。これが長い間に地熱と地圧の影響を受け熟成されて石油に変化したとされています。石油は地下の圧力で上へ上へと浸透し、油を通さない岩の層に遮られて溜まります。これを大がかりな機材を投入して掘り出し、私たちが使っているわけです。
 こうして、石炭、石油、天然ガスなどの生物たちからの贈り物で、私たちの産業は成り立っているのです。
 それにしても、多くの生物たちの作った資源が、私たちの生活を支えている事実には、ただただ驚くほかありません。(浪)

 出典:炭酸検協会報(平成19年9月号に掲載)