【随筆】−「困難を乗り越えて」               浪   宏 友


 地球誕生から46億年。いま、生命体は地球にあふれています。しかし、生命体が誕生してから今日まで、すんなりと繁栄の道を歩んできたわけではありません。
 これまでの生命体の歴史を振り返ると、不思議な思いを禁じ得ません。危機に遭遇した生命体は、必死にこれを乗り越えようとするだけでなく、危機をバネにして飛躍的な進化を遂げてきたように思われるからです。
 もしも、地球が平穏で、生命体にとって何の不安もなかったならば、進化はまったく起こらなかったのではないかとさえ、思えるほどです。
 39億年ほど前に、隕石重爆撃事件がありましたが、その後、38億年前の岩石から生命体の痕跡と思われるものが見つかりました。
 当時の海では、いわゆる化学進化が行なわれていたに違いなく、まだ生命体として一人前ではなかったかもしれません。しかし、大きな危機に遭遇することによって、生きていく単位としての固体となり、代謝を行い、子孫を残すというはたらきを確立したのかもしれないのです。
 生命体は最初、原核の単細胞でした。ところが22億年ほど前に、地球全体が凍結するという事件が起きました。分厚い氷が溶けて、ようやく地球に温暖な気候が回復したとき、真核を持つ単細胞生物が現れました。これは革命的な進化でした。
 現在の生物を見ても、原核細胞はすべて単細胞の微生物です。私たちが普通に出会う植物も動物も、みんな真核細胞をもつ、多細胞生物です。もし、22億年前の全球凍結が起こらなかったら、地球上には原核の微生物しかいなかったのかもしれないと思うと、あのとき、ものすごいことが起きたのだなあと感動すら覚えます。
 今までの生活環境が変化すると、生命体は新しい生活環境に適応しようと自分を変えました。見たことも無い新しい生活環境ができると、これに適応した自分になって新しい生活環境に進出しました。
 7億年前から5億年前までの間に、全球凍結が幾度か繰り返されました。その直後に、例のカンブリアの生命大爆発が起こりました。5億5000万年ほど前に、突然現在の生物からは思いも寄らないようなデザインの生物が、1万種類以上も一度に現れたのです。
 その多くはやがて絶滅しましたが、現在の動物のおおもとになった生物が、このとき出揃ったといいます。
 繰り返す試練の中で、どうすれば生き続けることができるのかと、生物たちが必死の試行錯誤を繰り返していたのかもしれません。そのなかから、地球環境に適したデザインの生物が、生き続けてきたのだとも考えられます。
 3億6000万年ほど前にも大量絶滅があって、このあと、生物が陸に上がりました。両生類が出現し、爬虫類が生まれ、哺乳類の直接の祖先といわれる哺乳類型爬虫類が全盛期を迎えました。
 2億5千万年ほど前、地球史上最大と言われる大量絶滅が起こりました。ところがこのあと、あの恐竜が現れて、長い間繁栄を続けました。
 そしてついに6500万年ほど前、巨大隕石の衝突事件をきっかけにして、恐竜などそれまで栄えていた生物が絶滅すると、いよいよ、哺乳類の時代が到来しました。
 苦しんでは這い上がり、また苦しんでは飛躍的な進化を遂げる生命体。
 しかし、考えてみれば、私たちも同じ生命を生きているのです。それならば、少々の苦難があっても、それは自分が進化するためのきっかけになるはずです。
 長い長い生命の歴史を通して、私自身の生命の本質に触れた思いに、ただただ驚くほかありません。         (浪)

 出典:炭酸検協会報(平成19年10月号に掲載)