【随筆】−「恐竜の陰の哺乳類」               浪   宏 友


 古代生物のスーパースターといえば恐竜でしょう。最初の恐竜が現われたのは、今からおよそ2億2千万年ほど前、姿を消したのは6500万年ほど前ですから、1億6千万年近くも栄えていたわけです。
 人間が出現したのが今から500万年ほど前だといわれていますから、恐竜の時代は途方もなく長く感じます。
 恐竜といえば、巨大な体がイメージされます。1970年代にアメリカのコロラド州で発見された恐竜は、体長が30メートルを超えるそうで、スーパーサウルス(特大のとかげ)と名付けられました。
 現在、地球上に生きる動物のなかで体長が30メートルになるのはシロナガスクジラくらいだと思います。陸上の動物では、体長が7メートルぐらいになるアフリカ象が一番大きいようです。
 恐竜のすべてがそんなに大きかったわけではなく、体長が1メートル程度の小さな恐竜も発見されています。
 私たち人間の直接の祖先である哺乳類は恐竜にやや遅れて2億3000万年ほど前に姿を現しました。体長が10センチメートルくらいの手のひらサイズ。ネズミくらいの大きさでした。哺乳類は、恐竜の活躍する昼間を避けて、夜のしじまに昆虫を探して暮らしていました。こんな状態が1億5000万年くらい続いていました。この間、哺乳類はなかなか大きくなれなかったようです。
 しかし1億2000万年ほど前には体長1メートル程度の哺乳類がいて、恐竜の子供を食べていたと思われる化石が見つかっているそうです。
 カモノハシという哺乳類は卵を生むので有名ですが、発生したばかりの哺乳類はみんな卵を生んでいたらしいのです。しかしそれでは敵に襲われたとき、卵すなわち我が子を置いて逃げなくてはなりません。そこで、カンガルーのようにお腹の袋(育児のう)に子供を入れて育てる方法を編み出した哺乳類がいました。
 また、別の哺乳類は、体内に胎盤をつくり、ここである程度まで子育てをしてから出産するようになりました。
 草食動物のヌーが出産する映像をみたことがあります。サバンナで、ジャッカルなどの襲撃を受けながら、2時間ぐらいかけて出産していました。生まれた子供は5分くらいで立ち上がり母親のおっぱいを求めます。母親は子供を急かして安全なところに連れて行きます。こういうやりかたを、長い間かけて編み出し、さまざまな危険をくぐり抜けてきたのでしょう。
 初期の哺乳類が昆虫を食べていたのは確かなようです。花を咲かせる被子植物が現れるとこれに応じて昆虫が多様化したと思われます。すると、哺乳類のほうも、餌にする昆虫に応じて多様化してきました。
 被子植物の発生と繁茂は、恐竜の生活環境を悪化させたと考えられています。他方哺乳類の立場からは生活環境が豊かになって、進化のスピードを早めてくれたといえそうです。
 恐竜たちが新しい生活環境に苦しんでいた矢先の6500万年ほど前、巨大な隕石が地球に衝突しました。衝突時に巻き上げられた塵埃などが空中に立ち込め、地上に太陽の光が届かなくなりました。植物が枯れ、餌を失った植物食恐竜が倒れ、これについで肉食恐竜も動けなくなり、長きにわたって栄えてきた恐竜の時代が終わりを告げました。
 これが恐竜絶滅のシナリオです。もっとも恐竜は影も形もなくなったのではなくて鳥たちがあとを次いだということです。
 いかに繁栄していても、環境の変化についていけなければ滅びてしまう。新しい環境に適応すれば、生き続け繁栄することもできる。こうした生物界の厳粛なすがたには、ただただ驚くほかありません。(浪)

 出典:炭酸検協会報(平成19年11月号に掲載)