【随筆】−「あの頃のマッチ」               浪   宏 友


 今のガスコンロは、つまみをひねるとカチッと音がして、ボッと火がつく。昔のガスコンロは、ガス栓をひねって噴き出し始めたガスに、すかさず火のついたマッチを近づける。タイミングがいいと、ボッと小さな音を立ててすぐに火が点く。マッチを近づけるタイミングが遅れると、ボンッと手元で爆発を起こすから、マッチをガスコンロに放り出しながら手を引っ込める。こんな思いをしなければならなかったけれど当時のガスは、マッチで火を点けるしかなかった。
 あの頃はどこの家にもマッチがあった。長さ56o、幅36o、厚さ18oのマッチを並型というのだそうだが、これが当時の普通のマッチであった。マッチ棒は平均で45本入っているという。家庭で使うにはマッチ棒の本数が少なすぎる。そのため家庭用の大きな箱に入ったものがあった。長さ110o、幅89o、厚さ52oの徳用型で、840本のマッチ棒が入っているという。私の家にも徳用型があって、無くなるまでにはかなりな日数がかかっていた。
 普通のマッチ箱は、空になったあといろいろと利用されていた。外箱も中箱も薄い木で出来ていたと記憶している。丈夫で型崩れせず、使い勝手がよかった。ちょっとした物入れに使っていた記憶がある。
 マッチ箱の手品というのがあって、少年雑誌などにいくつか紹介されていた。練習して友達に見せるとたちまち種を見破られてしまう。というよりも、友達の手さばきのほうがずっと上手かった。とっくに練習していたのだ。
 マッチの軸木も遊び道具になった。マッチ棒パズルをよく知っている者がいて、みんなにやらせては得意がっていた。遊んでいるうちにマッチを何本も短く折って叱られたこともある。確かに、マッチはあの長さがあって、便利にかつ安全に使えるのであった。
 タバコを吸う人は必ずマッチを持っていた。タバコを口にくわえてからマッチを探す。ポケットというポケットをまさぐるのだがなかなか見つからない。見かねた人が自分のマッチを差し出すと、サンキューとか言ってタバコに火をつけ、そのまま自分のポケットに押し込んだりする。あっ、それっと言いながらマッチの持ち主が手をだすと、いけねえとか、あっそうかなどと言いながら返していた。
 寒い冬の夜、小学生が大勢で夜回りをしたことがある。私もその中に入っていた。拍子木を叩いては「火の用心!」と大声で叫ぶのであるが、そのとき「マッチ一本火事のもと!」と言っていた。付き添いの大人たちに、そう教わっていた。
 吸殻で山盛りになった灰皿や、台所の隅などにあったマッチの燃えかす入れなどに火の点いたままのマッチを放り込んで忘れていると、燃え上がってしまうことがあった。タバコに火をつけたマッチを道端にポイ捨てする人がいて、火災が発生したこともあった。
 消防科学総合センター発行の『火災原因調査要領−放火・裸火・自動車等火災編』(平成9年3月改訂)で、マッチの残り火の危険性について実験したレポートが発表されている。これによると、燃えている軸木を1mほどの高さから空き缶の中に落としたとき、長いときには30秒以上も炎をだして燃え続けているという。ここに可燃物があれば燃え上がってもおかしくない。マッチが生活必需品だった時代には、同時にこんな危険性も身近だったのである。振り返ってみれば、便利と危険はいつでも背中合わせであったような気がする。
 それにしても、いつのまにかマッチは生活の場から姿を消していた。いまではマッチのない家も珍しくない。火をつける方法がすっかり変わってしまったのは、時代の変化と言うべきだろうか。     (浪)

 出典:炭酸検協会報(平成20年 2月号に掲載)