【随筆】−「人類最初の火」               浪   宏 友


 人間が火を使いだしたのは、いつごろのことだろう。
中国の周口店で発見された50万年前の北京原人の遺跡から、火を使った痕跡が発見されたというのが、私の若いころの知識であった。
 インターネットのフリー百科事典『ウィキペディア』に、次の記事がある。
 「現在、発見されている最古の火の使用跡は南アフリカ、スワルシクランス洞窟の150万年前や、東アフリカのケニア、チェソワンジャ遺跡の140万年前などが一般に云われている。この時代の人類はホモ・エレクトス(原人)と云われている。」
 この頃の人類が、火をどのようにして手に入れたのかについては、よく分かっていないようだ。
 人類が最初に使った火は、自然発火したものであったろうと言われている。山火事はもっともありそうな候補である。
 現代の山火事は、人為的な原因がかなりあるようだが、人間が火を使う前の山火事はどのようにして起きたのだろうか。
 落雷によって山火事が起きる例は今も確認されている。火山の噴火で山火事が起きた例もある。乾燥した地方では、木が倒れるときに木と木がこすれあって自然発火したり、風の強いとき枝と枝がこすれあって燃えだしたりすることもあるという。
 何らかのきっかけで、山火事の火が自分たちの生活に役に立つことを知った古代の人々が、火を持ち帰って利用したのではないかと言われている。
 そういえば日本の神話に、最初の火の話が出ている。男神であるイザナギノミコトと女神であるイザナミノミコトがオノゴロジマに降臨して結婚し、日本の国々を生んだ。国々を生み終わったイザナギ・イザナミはさらに多くの神々を生んだ。最後に火の神を生んだが、そのためにイザナミは命を落としてしまうという話である。
 民話の裏側には、事実が隠れているといわれる。そう考えると、火を使いはじめたばかりの人間が、火によって命を落とすような事実があったのかもしれない。
 ギリシャ神話では、人間に火をもたらしたのはプロメーテウスということになっている。太陽神ゼウスの火の車輪に、大ういきょうの虚ろな茎を押しつけて火を盗み、隠し持って地上に降り、人間にもたらしたという話である。このことが露顕してプロメーテウスはゼウスからひどい仕打ちを受けることになる。ヘーラクレースがプロメーテウスを解き放つのであるがそれはずっとあとのことになる。
 この話の裏側には、自然発火した火を草の茎に移し、持って帰ったという事実が隠されているのかもしれない。プロメーテウスがひどい仕打ちを受けたというのは、火を採取したり持ち帰ったりしたとき、かなりな犠牲者がでたことを物語っているのかもしれない。
 これほどまでに苦労して手に入れた火であれば、どんなことがあっても消してはならなかったであろう。火を絶やさないようにいろいろと工夫があったにちがいない。
 古代の竪穴式住居では、屋内で火を使っていた形跡があるという。火を絶やさないためには、雨が降り風が吹く屋外は不向きである。やはり屋内に入れたほうがよい。
 その続きかどうかは分からないが、日本の農家には囲炉裏があって、年中火を絶やさなかったらしい。なかには1200年以上も火を守り続けている囲炉裏があると風聞を耳にしたことがある。火にまつわるお祭りが日本各地で行なわれているが、火を大事に守ってきた心がその下敷きになっているかもしれない。  人間が自分の手で火を作り出す、すなわち火を起こすことが出来るようになるまでには、長い長い年月が必要だったように思われる。             (浪)

 出典:炭酸検協会報(平成20年 3月号に掲載)