【随筆】−「古代の火起し」               浪   宏 友


 古代の人類はどのようにして火を起こしていたのだろう。
 いろいろな方法を用いたようだが、いずれも原理的には摩擦によって生ずる熱を利用していたということのようである。摩擦を利用して発火させる方法は、絶えることなく伝わり続け、現代のマッチからライターにまで続いてきた。
 現代の発火法には、摩擦以外に電気を利用したものがある。ガス台の自動点火や電子ライターなどに使われている放電火花がある。電気ストーブ、電子レンジ、IHヒーターは発熱するけれども、これらは発火とは言わない。
 昔の発火法に、木と木をこすりあわせるというものがある。これについて聞いた話を紹介してみよう。
 棒を両手でつかんで、体重をかけて板に押し当て、激しく前後に動かしてこすり続けると、摩擦で木が削れ溝ができる。溝に溜まった木屑に摩擦熱で小さな火種ができる。これを大きな火に育てる。私など、聞いただけで両手がなまってしまいそうだが慣れた人は数分で火をつけるという。これを火溝式発火法というのだそうだ。
 丸い棒の先を板に押しつけ、両手で挟んできりもみをして発火させる。これがきりもみ式発火法である。その道具が弥生時代の遺跡から見つかっているという。
 原理的には同じだが、両手できりもみをするのが大変なのであろう、棒を効率的に回転させる道具が考案されている。
 発火用の棒に紐を巻き付け、両端を両手で持ち左右に引っ張るひもきり式発火法。これは、発火用の棒を押さえる人とひもを引っ張って棒を回転させる人が必要で、一人ではできない。
 ひもを弓なりの枝にくくりつけて片手で操作する弓きり式発火法。この場合は、片手で棒を押さえ、もう一方の手で弓を前後に引いたり押したりが一人でできる。
 ちょっと格好いいのが舞ぎり式発火法。発火用の棒に弾み車を取り付け、慣性で発火用の棒を回転させるというものである。
 きりもみ式から舞ぎり式までの技術開発は、如何にして発火用の棒を板に押しつけながら効率的に回転させるかをテーマとして進展していることがうかがえる。
 一見、摩擦とは関係ないと思われそうなのが、衝撃を利用した発火法である。もったいぶらずに言えば、火打ち石である。
 硬いもの同士を激しくぶつけると熱くなる。これは衝撃によって摩擦熱が発生するからである。工業の世界には、摩擦熱を利用してものを溶かすという技術が実用化されている。その中に衝撃による摩擦熱を利用するものもある。
 火打ち石では、石と鉄とを激しくぶつけて生じる熱を利用しているからやはり摩擦の応用となる。このとき石によって削られた鉄の粉に火がつく。鉄粉が短い時間だが燃え上がっているのである。
 石と石を激しくぶつけても火を起こすことができない。やはり石と鉄でなければならない。人々はこうした経験を積み重ねながら、火起しの技術を開発し続けてきたのであろう。
 私たちが使っているマッチは、マッチ箱の横に着いている薬品にマッチの頭を擦りつけて発火させる。これも摩擦熱を使った火起こしである。
 フリント式のライターは、フリント(ライターの石とも言っていた)と小さな回転ヤスリをすり合わせたとき生じる火花で、オイルなりガスなりに火をつける。これまた摩擦熱を使っている。
 摩擦熱を使っているのは、木と木をこすり合わせる原始的な発火法だけと思っていた。江戸時代の火打ち石も、現代のマッチやライターも摩擦熱を利用していたことには、こうして学び直すまで、正直、気づいていなかった。         (浪)

 出典:炭酸検協会報(平成20年 4月号に掲載)