【随筆】−「マッチの仕掛け」               浪   宏 友


 私の手元にマッチがある。中箱を押し出してマッチを一本取り出す。外箱の側面に頭薬を押しつけてこすると火がつく。燃え上がって軸木がだんだん短くなる。目的のものに火を点けたら、マッチの火を消して捨てる。当たり前の動作である。
 この小さな火をつける道具について改めて学んでみると、いろいろなことが分かって感心させられた。
 私は、マッチを擦ったとき燃えだすのはマッチの頭のほうだとばかり思っていた。もちろん頭が燃えるのだけれど、最初に燃えだすのは外箱の側面のほうだったのである。燃えだした火が軸木に燃え移っていたのである。
 これを知って、火打ち石を思い出した。石と鉄を打ちつけ、衝撃摩擦を利用して出た火花を火口(ほくち)と呼ばれる燃えやすいものに移し取り、これをさらに付け木という木片に移し取る。そこから目的のものに火をつける。この順序がそのままマッチに使われていた。
 マッチの場合、軸木の頭に丸く付けてある頭薬部分で、外箱の側面に塗り付けてある側薬をこする。このとき発生する摩擦熱で側薬の主成分である赤リンが燃えだす。この小さな火が、頭薬に燃え移り、軸木の本体に燃え移っていく。そこでタバコなりガスなりに火をつけるという順序である。
 マッチを擦るときの摩擦熱で、頭薬に含まれた塩素酸カリから大量の酸素が供給されるようにしてあるので、比較的低温でも発火しやすいのだという。
 火打ち石の付け木には、燃えやすいように硫黄が塗り付けてあるそうだが、マッチの場合は、頭薬に硫黄が含まれているし、軸木にはパラフィンが染み込ませてある。やはり燃えやすくするためであろう。同じく軸木に染み込ませてあるインプル剤は、燃えて炭化した軸木が落ちないように固めてしまうことを目的としているらしい。
 ここで気づくのは、マッチの小箱は単なるマッチの入れ物ではないということだ。マッチの軸木の入れ物を兼ねているけれども、側薬がなければ火がつかない。小箱そのものがマッチの一部をなしている。
 そういえば小箱の引き出しにも心遣いがある。小箱の引き出しはポケットに入っているときには開きにくく、軸木を取り出すときは開けやすく、取り出し終わったら閉じやすいというのがよい。実際そうなっている。なかなかのものである。
 同じような言い方をすれば、マッチの軸木のほうは、使わないときは発火しないこと、使うときは発火しやすいこと、他に点火するまで炎が保てること、使い終わったらすぐ消えることが求められる。これらの要求に応えるために、さまざまな工夫がなされていることがよく分かる。
 マッチの軸木の原料となる木材は、現在ではすべて中国やスウェーデンからの輸入に頼っているそうだが、ポプラの一種のアスペンが主力になっているらしい。アスペンの写真を見ると、細身で真っ直ぐな白い幹が空高く伸びている。アスペンはフローリング用の木材としても利用されているようである。やはりポプラの仲間の白楊(はくよう)も上質の軸木原料であり、早くから使われていた。
 日本では一時これらの材料の調達が出来ない時期があった。太平洋戦争の直後である。代わりに松材が使われたけれども評判が悪かった。松には松脂が多く含まれているためにパラフィンが染み込まず、頭薬でついた火が軸木に燃え移り難かった。業を煮やした主婦たちが立ち上がり、不良マッチ追放運動が起こったほどだという。
 あまりに身近なために、いままで気にも止めたことがなかったこの小さな発火道具には、使う人々の切実な願いと、作る人々の苦心惨憺が込められていたことに、改めて気づかされたのである。    (浪)

 出典:清飲検協会報(平成20年 8月号に掲載)