【随筆】−「ハチマルニイマル」               浪   宏 友


 始めは何の事だか、さっぱり見当もつきませんでした。これは実は「歯」の話で、「ハチ・マル・ニイ・マル」と読むのだそうです。
 「80」というのは「80歳」、「20」というのは「20本」。
 「あなたが80歳になったとき自分の歯が20本以上残っているように、若いころから歯を大切にしましょう」そんな趣旨のキャンペーンだったのです。
 人間の歯は親知らずまで生え揃うとすれば32本です。親知らずは生えない人もいますから、これを除けば28本となります。「ハチ・マル・ニイ・マル」は、この28本の歯が80歳になっても20本以上残っていることを目標にするということのようです。
 私はこれまで、年をとると歯が無くなるものだと思っていました。私の周囲の年寄りは、たいてい歯が無くなっていたからです。
 父だけは例外でしたが、例外が存在することに注意を払ったこともありませんでした。
 8020運動は、そうした私の固定観念に、一石を投じるものでした。私は思いました。本当に80歳で20本以上の歯を保つことができるのだろうか、と。できるのならそれに越したことはないのですから。
 歯は、本来、食物を食べるために生れた器官だと思います。人間の歯は大まかに見れば三種類あって、前歯、糸切り歯、奥歯です。前歯は食物を噛み切る役目、糸切り歯は食物を切り裂く役目、奥歯は食物を噛み砕いたり磨り潰したりする役目。大雑把には、こんな区別がつくのだと思います。なるほど、日常の食事を考えてみれば、知らず知らずのうちに、そうした使い分けをしているようです。
 上下左右の歯を合わせれば前歯は8本、糸切り歯は4本、奥歯は16本。合わせて28本です。さらに細かく見ていくと、大きさや形がそれぞれに異なっています。毎日お世話になっている歯なのに、こんなふうに見つめ直したのは今回が始めてです。
 これらの歯の多くが消滅してしまったら、食べ物を噛み切ることもできず、切り裂くこともできず、噛み砕くことも磨り潰すこともできません。固い食物は食べられなくなります。噛めば噛むほど味が出る食物もあるのですが、噛めないのですから味わうことができません。考えると侘しいですね。
 歯は、見た目の上からも重要な要素になっています。しゃべるときにも、笑うときにも、自然に歯が見えます。白くて綺麗な歯並びは魅力のひとつになっています。歯の特徴がその人の個性の一端を担っていることもあります。マンガでは歯の描きかたで、登場人物の個性を出したりしています。
 歯はまた、言葉をしゃべるときの分かりやすい発音のためにも、重要な役割を果たしています。
 このようにさまざまな役割を持つ歯ですから、大切にしなければならない道理です。
 ところで、80歳で20本以上という具体的な数字は何処から出てきたのでしょうか。8020運動の説明によると、歯が20本以上あれば、たいていの食べ物は噛んで食べることができる、発音もしっかりする、見た目も健康的ということのようです。
 では、現在67歳の私はどうでしょうか。自分の歯を数えてみると、親知らずを除外すれば26本の歯がありました。2本は若いころにひどい虫歯になって、歯医者さんが抜いてくれたのです。そのほかにも虫歯になったために治療をして詰め物をしたりした歯が8本ばかりあります。これらがもし失われていたら残りは18本でした。危ない、危ない。
 抜けてしまった歯は、二度と生えてきません。詰め物をしたり被せ物をした歯も、元に戻ることはありません。これ以上悪くならないようにするほかないのです。幸い18本の歯がまだありましたから、これからは残った歯を大切にしようと思いました。  (浪)

 出典:清飲検協会報(平成21年1月号に掲載)