【随筆】−「虫歯」               浪   宏 友


 虫歯。むしば。ムシバ。
 なんとおぞましい響きでしょう。私は子供の頃からずっと苦しみ続けてきました。虫歯は追い出すことができません。振り払うこともできません。なにしろ、自分自身の歯なのですから。
 ある日、歯が少し痛くなります。しばらくすると痛みが和らぎます。治ったと思って放置しておきます。実は治ってなんかいなかったのです。後から分かったのですが、歯が痛みだすほどに進んだ虫歯が、歯医者さんに行かずに治ることなんかあり得なかったのです。
 ある日、歯がものすごく痛くなりました。我慢しきれなくなって、何もかもおっぽりだして歯医者さんに飛び込みます。ところが、歯医者さんは予約制です。予約と予約の隙間ができないと診てもらえません。待ちきれなくなって恐る恐る受け付けを覗きます。
 「まだでしょうか」
 「もうしばらくお待ちください」
 涼しい声が返ってきます。すごすごと引き下がり、ほっぺたの上から痛い歯を押さえたり、水を含んでみたり、なんとかかんとか我慢しています。
 ようやく呼ばれて歯医者さんの椅子に座ります。歯医者さんが何かをしてくれて、痛みはやっと止まります。受け付けで次の予約をして仕事場に帰ります。
 それから半年ぐらい通い続け、長い長い治療に一段落がつきます。虫歯だった歯が抜かれたり、詰め物や被せものをされたり、入れ歯を入れてもらったり。こんなことを何回も繰り返してしまいました。
 友人の中に、歯の治療を途中で勝手に中断して、痛みが出たらまた歯医者さんに行くということを繰り返している人がいました。長いこと歯痛地獄から抜け出せずにいましたが、彼はその後どうなったのでしょうか。
 以前の私にはどうして虫歯になんかなるのか分かりませんでした。歯磨きはチャント?やってます。それでも虫歯になってしまうのは、いったいどういうわけなのでしょうか。これは私の長年の疑問でした。
 虫歯のマンガを見ると、小さくて真っ黒な悪魔がよく出てきます。悪魔は槍を持ったりつるはしを振るったりして、歯に攻撃を加えています。歯に穴を空けているのです。確かに、虫歯になると歯に穴が空いています。冷たい水を飲むと、キーンときてしばらく物も言えなくなることがあります。さらに進むと、ズキズキして痛みが止まらなくなります。小さな悪魔の掘った穴が、だんだん深く大きくなっているようです。この憎たらしい小さな悪魔は、実際は何ものなのでしょうか。
 私は当初、虫歯を作る悪魔は口の中に残っている食べかすだとばかり思っていました。食べかすが口の中で腐敗して、それが歯に穴を穿つのだと考えていたのです。だから、歯を磨いて食べかすを残らず掃除してしまえば、それで虫歯は起きないものと考えていたわけです。ところが虫歯は起きてしまうのでした。
 食べ物のカスが直接虫歯を作るのではないことが、最近ようやく理解できました。虫歯を作る黒い小さな悪魔は細菌だったのです。その代表者のひとつがミュータンス菌だそうです。またラクトバチラス菌という代表者もいるようです。いずれも酸を作って歯を溶かします。歯に食べ残しがついたままになっていると、ましてそこに砂糖でも混じっていると、これらの細菌の栄養分になり、繁殖しやすくなるそうです。
 ジュースなどは液体ですから、口の中にはほとんど何も残りません。お菓子などは、食べかすが残りやすいので、気をつけなければなりません。
 虫歯を作る悪魔が少し見えてきました。けれども、これらの悪魔とどう闘えばいいのかを私はまだ知らないのです。このあたりに私の知識不足が影を落としています。もう少し勉強を進めなければなりません。  (浪)

 出典:清飲検協会報(平成21年3月号に掲載)