【随筆】−「我が歯磨きの変遷」               浪   宏 友


 歯磨きの方法なんて、ただ歯ブラシで歯をゴシゴシやるだけのことと思っていました。ところがそれが大間違いでした。ただゴシゴシやるのではなかったのです。ちゃんとやりかたがあったのです。
 思い出してみれば、私の歯磨きはこれまでに幾多の変遷を重ねてきました。
 始めは大きめの歯ブラシで真横にゴシゴシこすっていたと思います。それも歯の外側だけでした。
 あるとき歯ブラシメーカーのテレビコマーシャルが流れました。
 「歯は?」「真っ白!」
 「歯の裏は?」「真っ黒!」
   「歯の裏も歯です!」
 してみると、歯の裏をほったらかしにしていたのは、私だけではなかったようです。このときから、私も歯の裏までゴシゴシやるようになりました。
 いつごろのことだったか、歯は横にこすってはいけない、縦に磨きなさいという指導を受けました。そこでそれまでの横磨きをやめて、歯ブラシを上下に動かすようになりました。強く動かした歯ブラシが歯ぐきに当たって、痛めてしまったこともしばしばでした。
 そんな中で、こんな報道を目にしました。日本人の大多数が歯磨きをしているのに、虫歯は一向に減らないというのです。これは歯磨きをしているようでも正しい歯磨きができていないからだと、評論がついていました。しかし、正しい歯磨きとは何なのか、私にはまったく理解できませんでした。
 だいたい歯磨きは何のためにやるのでしょうか。
 私は当初、口の中に残った食べ物のかすを取り除くためだと思っていました。虫歯予防のキャンペーンのひとつに、三・三・三というのがあって、朝昼晩の三度の食事の後、三分以内に、三分間の歯磨きをしなさいなどと言われたことがありました。これはてっきり食べ物のカスを取り除くためだと思い込み、食べ物のカスが虫歯の原因であると固く信じていました。
 ところが分かってみれば、虫歯を作るのは食べ物のかすではなくて、細菌でした。三・三・三の指導は、菌が活動する条件を無くすためだったのでしょうが、そんな知識は私にはありませんでした。
 「歯磨き」という語感から歯ブラシを使って歯を「磨く」のだと、私は思っていました。歯磨きの宣伝の中に、真っ白な歯がピカッと光っている絵がありました。これがますます私の誤解を深めました。いま思えば、歯の清掃と歯の美容とをごっちゃに考えていたのです。実際のところ、いくら磨いても、私の歯はピカッとは光りませんでした。
 歯医者さんにかかると、歯磨きがちゃんとできてないと言われます。歯医者さんが歯を綺麗にしてくれて「歯の裏側を舌でさわってごらんなさい」と言われます。言われた通りにしますと、気持ちの良い舌触りになっています。「こういうふうに磨くんです」と言われて納得して帰るのですが、どう磨けばそうなるのか、さっぱり分かりませんでした。
 これまでの自分の歯磨きを振り返ると、ただ無闇に歯ブラシを動かしていたような気がします。地図もコンパスも持たずに深い山中に分け入ったような按配だったわけで、歯磨きをしなさいという親や学校の先生の教えにやみくもに従っていただけだったのです。
 最近、ようやく、歯磨きの本質が見えてきました。歯磨きとは歯を磨くことではなくて、歯の清掃をすることだったのです。歯の清掃と歯の美容との違いも、なんとなく区別がつきはじめてきました。
 こうしてみると、今までの私の歯磨きはとんだ的外れだったようです。これではいくら歯を磨いても虫歯にもなるし、歯周病にもなります。本当にちゃんとした歯磨きを身につけたいと、今更ながら思いました。 (浪)

 出典:清飲検協会報(平成21年4月号に掲載)