【随筆】−「歯垢」               浪   宏 友


 川の中の石を拾うと、表面がヌルッとしています。見ただけでは分かりませんが触ってみると分かります。このヌルは、数しれぬ細菌が共同生活をしているコロニーです。
 このヌルはけっこうしっかりと石に張りついていて、流れでジャブジャブやったぐらいでは取れません。草を束ねてゴシゴシこするとやっと取れます。
 川の中の石ばかりではありません。台所の流し、お風呂場の排水口にも細菌が作ったヌルがいっぱいあります。これらもみんな数しれぬ細菌のコロニーです。ヌルのできるところは決まっていつも水気があります。
 驚いたことに、私たちの口の中でも同じようなヌルを細菌が作っているのです。確かに口の中には何時も水気があります。ここに細菌が入ってヌルを作ったとしても、不思議は無いと言えます。
 歯や歯の周辺に細菌がつくるヌルは、歯垢とかプラークと呼ばれています。歯垢1ミリグラムの中には、10億個もの細菌がいるそうです。
 歯の上や歯と歯の間などに作られた歯垢のなかには、何百種類もの細菌がいるそうですが、その中に酸を出して歯を溶かすものがいます。これが虫歯をつくる細菌です。虫歯を作る細菌だから、虫歯菌と呼ぶ人もいます。
 虫歯菌のなかでも有名なのはミュータンス菌です。ミュータンス菌は、歯の表面に付着して増殖し膜をつくるのだそうです。この膜をバイオフィルムといいます。バイオフィルムは、歯磨きでも簡単には除去できないほどしぶといもののようです。
 ミュータンス菌が作ったバイオフィルムを足がかりにして多くの細菌が集合し、互いに助け合って増殖するのだそうです。
 これらの細菌の中にラクトバチラス菌がいます。つるつるの表面には生息できない細菌ですが、歯にでこぼこがあれば住み着きます。歯と歯の間とかミュータンス菌がつくった虫歯の中などを絶好の繁殖場所とし、より強い酸を出して虫歯を進行させるのだそうです。ミュータンス菌は切り込み隊長、ラクトバチラス菌は大砲といったところでしょうか。
 歯の根元で繁殖して歯垢をつくっている細菌の中に、歯肉などを痛めるものがあります。これが歯周病を起こす細菌です。歯周病菌には10数種類が確認されているとか。これらの細菌が歯垢の中でスクラム組んで、歯肉から歯槽骨まで攻撃してくるのだとしたら、たまったものではありません。
 歯垢をほったらかしにしておくと唾液中のカルシウムなんかが入り込み、固まってしまうことがあります。固まったものが歯にくっついて離れなくなります。これが歯石です。
 歯石はでこぼこですから細菌の繁殖場所にはもってこいで、ますます歯垢が出来やすくなります。歯石が大きくなれば歯垢が増え、歯垢が増えれば歯石がますます大きくなります。この悪循環を、なんとか断ち切らねばなりません。
 歯垢はなかなかしぶとくて、口をすすいだぐらいではびくともしないそうです。やはり、歯ブラシでしっかり落とすほかはありません。歯間ブラシやフロスを使うこともあります。それでも落とせない歯垢は、歯医者さんにお願いして取り除いてもらうしかないでしょう。
 固まって歯にこびりついてしまった歯石は、自分ではどうにもなりません。やはり歯医者さんのお世話になるほかないようです。
 今回、勉強して、始めて歯垢の恐ろしさを実感しました。歯磨きの目的は歯垢を除去することだったと始めて理解できました。
 私たちがしなければならないことは、歯垢を作らないようにすること、歯垢を大きくしないようにすること、出来てしまった歯垢を取り除いてしまうこと、こんなことになるのでしょうか。
 如何にボンヤリものの私でも、ここまでくれば、少しは理解できた気がします。(浪)

 出典:清飲検協会報(平成21年5月号に掲載)