【随筆】−「歯ブラシ」               浪   宏 友


 歯ブラシにも歴史があって、有名なのは、2500年ほど前にインドで活躍したお釈迦さまが、当時の弟子たちに歯ブラシをすすめたという話です。
 お釈迦さまは理性的な人で、呪文やおまじないのようなものは人間形成の役に立たないために、弟子たちが使うことを禁じたと伝えられています。ところが、歯痛のときに唱える呪文は自分の歯痛のときだけ唱えても良いことにしたそうです。よほど歯痛で苦しむお弟子さんたちがいたのでしょう。
 お釈迦さまは科学的な思考をする人でした。歯痛で苦しむ人々や不快な口臭がする人々を静かに観察したお釈迦さまは、その原因が口の中のそれも歯の汚れにちがいないと考えたのではないでしょうか。汚れを落とす方法を試行錯誤して、歯ブラシによる歯磨きに辿り着いた可能性があると私は推察しています。
 インドで、現在も使われている歯木というものがありますが、これがお釈迦さまが弟子たちにすすめた歯ブラシだということです。長さが12センチほど、太さが小指ほどのニームの小枝を使います。小枝の先を歯でかみつぶすと繊維が現われて房状になります。これを使って歯を磨くのだそうです。ニームの木は、現在も薬木として珍重されています。お釈迦さまが使った木は、菩提樹であるという説もあります。
 仏教と共に、大陸から日本に歯ブラシが伝わったとされますが、詳しいことは勉強していません。江戸時代には、房楊枝というものが使われていたそうです。木の枝の先を煮て、叩いて、繊維を出し、櫛で梳いて房状にしたものです。お釈迦さまの歯ブラシに似ています。女性用の房楊枝はお歯黒がはげないように柔らかく仕上がっていたそうです。
 日本で現在のような歯ブラシが使われるようになったのは、明治の中頃以後だということでした。
 歯ブラシを求めてスーパーに行きますと、実に多種多様な歯ブラシが並んでいます。いろいろありすぎて、どれが良いのか判断のしようがありません。
 ある日、歩いて1分のところに歯科医院があることを知りました。根が不精者の私は、歯ぐきから血が出るのに放置していたのです。歩いて1分なら自分でも通えるだろうと出かけたのですが、そこで若い歯科医師の山崎高史先生、やはり若い歯科衛生士の村松あゆみさんに出会いました。これが運命の出会いで、まもなくお二人が我が家の歯のホームドクターとなったのです。
 ここですすめられた歯ブラシは、持つところが真っ直ぐで固く、毛先がやや短めで毛の硬さは普通、デザインにもしゃれっ気が全くないものでした。基本形とも言えるこの歯ブラシが、ホームドクターおすすめの歯ブラシだったのです。
 歯みがきをして、落とさなければならないものは歯垢です。歯垢を落とすには、歯ブラシをソフトに当てるだけで十分です。力を入れすぎると、今度は歯ぐきや歯そのものを痛めてしまうことがあります。気をつけなければならないのは、磨き残しです。磨き残しができると、そこから歯垢が広がってきます。歯ブラシと歯の磨きかた。これが揃ってようやく歯垢を取り除くことができるのです。
 私も歯ブラシを当てるべき場所になんとか当てられるようになってきたようです。歯の定期点検のときにホームドクターがオーケーのサインをくださるのでそう思っています。
 しかしそれでも歯垢を落としきれずに、小さな歯石が出来ているそうで、歯科衛生士さんが全部取り除いてくれます。最近は歯ブラシのほかに歯間ブラシ、デンタルフロスを併用するようになりました。
 やっとのことで、正しいハミガキに近づいたらしく、これで歯の健康を保つことができれば、8020をなんとか達成できるのかもしれません。(浪)

 出典:清飲検協会報(平成21年8月号に掲載)