【随筆】−「歯並び」               浪   宏 友


 話をするときには、歯が見えます。笑うときにも歯が見えます。歯並びに自信の無い人が、人前で歯を見せないように気を使っていることがありました。しゃべると歯が見えるというので、寡黙になってしまった人もいるそうです。こうなると歯並びは、人間関係に影響し、人生に影響する重大事となってしまいます。やはり、存分に歯を見せながら語り合い、笑い合えたほうが健康的です。
 歯並びは、話をするときの発音にも影響があるそうです。さ行、た行、ら行のような発音は、歯との関係が深いのだそうで、歯並びが悪いと、分かりにくい発音になることもあるそうです。
 歯並びの大切さは、物を食べるという、歯の本来のはたらきで重要なことはいうまでもありません。上下の歯が協力して、食べ物を噛み切ったり、切り裂いたり、噛み砕いたり、磨り潰したりするわけです。ですから上下の歯がちゃんと噛み合っていなければ満足に用を足しません。
 歯並びが悪いと、歯の健康にも悪影響があると言われます。歯並びが悪いために、歯ブラシの届かないところ、届きにくいところができてしまいます。するとそこには歯垢が溜まって、虫歯を作る細菌や歯周病を起こす細菌がのうのうと繁殖してしまいます。これは困ったことです。
 私の歯ならびも一部ぎくしゃくしています。奥歯のほうで歯ブラシが届きにくくなっているところがあって、意識して歯磨きをしないと、たちまち歯垢の温床になってしまいます。
 歯の色とか、歯並びとか、私が見過ごしてきたことが、実はとても重要な意味を持ったことだったのだと少しずつですが分かってきました。ここから、歯医者さんの仕事は、虫歯と歯周病ばかりでなく、もっと幅広く奥深いものだということも、垣間見えてきたような気がします。
 指しゃぶりをすると歯並びが悪くなると言われます。身近な幼児の指しゃぶりを見て、ちょっと気になりました。調べてみると、なるほどこれは大変だと気がつきました。
 歯を閉じたときは、前歯から奥歯まで上下の歯が、すべて噛み合っているものだと思っていましたが、奥歯は噛み合うけれども、前歯は上下の間に隙間ができてしまう人がいるというのです。指しゃぶりをやめなかったために、歯の位置が変わってしまったのだそうです。これでは、食べ物を噛み切るという前歯の役割が果たせません。
 逆に前歯は噛み合っているけれども奥歯のほうで、上下の歯の間に隙間ができる人もあるそうです。噛み砕き、磨り潰しという奥歯のはたらきが出来なくなってしまうのではないでしょうか。
 幼いころ、指しゃぶりをやめなさいという親の言うことをきかなかったために、長じてから歯の変形に悩んでしまう。このことは、幼い日々であっても、間違った行ないを続けていれば、やがて自分自身の身に悪影響として返ってくることを示しています。厳しい現実です。
 指しゃぶりばかりでなく、爪を噛んだり、唇を吸い込んだり、舌を出したりするいわゆる悪習癖が、歯並びを悪くすることが知られています。
 悪習癖以外の原因で歯並びが乱れることもあるそうです。顎の骨の大きさと歯の大きさが調和していないとき、乳歯が虫歯になった影響で、永久歯の生えかたが不自然になったとき、虫歯などで失った歯の隣の歯や向かい側の歯が、傾いてくるときなどなど。口の中は意外に事件がいっぱいなのです。
 歯並びに悩む人々のために、乱れた歯列を直してくれる歯列矯正という歯科医療があると聞きました。これでかなりな人が救われているそうです。歯並びもまた、生活のためにまた人生のために、大切なことなんだと、新たな認識が生れました。      (浪)

 出典:清飲検協会報(平成21年10月号に掲載)