【随筆】−「歯とのつきあい」               浪   宏 友


 80歳になっても自分の歯が20本以上あるようにという8020運動は、厚生労働省(当時は厚生省)と日本歯科医師会が、平成元年(1989年)に提唱したのが始まりだそうです。その後、国民の健康保持、健康増進の政策の一環として扱われてきたようです。
 平成12年(2000年)には、日本歯科医師会が中心となり、関連企業などが参加して財団法人8020推進財団を立ち上げ、厚生労働大臣の許可を得ています。歯科医師会、国、関係企業などがこぞって、本腰を入れ始めたということなのでしょうか。
 しかし、8020運動が実際に国民に浸透しているかどうかは、はなはだ心もとないものがあります。私がこの運動に気付いたのは数年前ですし、私の周囲の人々は、私が語るまでほとんど誰も知りませんでした。
 厚生労働省では、6年に1回、歯科疾患実態調査を行なっています。一番近い調査は平成17年(2005年)のものでした。
 データのひとつに「20本以上の歯を有する者の割合」があります。総数でみると40歳前半では98%の人が、20本以上の歯を持っています。ほとんどの人が20本以上の歯を持っているということでしょう。ところが80歳代前半になると、20本以上の歯の持ち主が21%にまで下がっているのです。なんと5人に1人なのです。あとの4人は、約40年の間に多くの歯を失ってきたのです。
 実際には何本ぐらい自分の歯を持っているのでしょうか。「1人平均現在歯数」の統計を見てみます。40歳代前半では27.5本。80歳代前半になると、なんと8.9本。やはり約40年の間に20本近くの歯を失っていることになります。これは平均値ですから、実際にはかなり多くの人々が、すべての歯を失っているのでしょう。
 私も歯は大切だと思ってはいましたが、本当は歯について何も知りませんでした。そんな私が67歳の今日まで、自分の歯を20本以上有しているというのは幸運としか言いようがありません。ちょっと間違えば、多くの歯を失っていたかもしれないのです。
 年を取れば歯が無くなるのだと思い込んでいた私でしたが、本当は、生涯を閉じるまで、自分の歯のすべてが残っているほうが当たり前だったのです。
 歯に対する知識が無い。歯の病気に関する知識がない。歯を大切にしようとは思っていても、具体的に行なっていることが的外れになっている。その上、的外れになっていることに気付かない。それが私の現実でした。
 もうちょっと早くから、もうちょっと深く勉強しておけば良かったと、今更ながら思います。
 歯垢を除去するための日常的な手入れを怠らない。ホームドクターに半年に1回の点検・手入れをしてもらう。これは歯を守る基本中の基本だったわけです。しかし歯の手入れはおざなりでしたし、歯医者さんは歯が痛くなってから行くところと思い込んでいました。
 虫歯を治療して詰め物被せ物をすれば、あとは生涯大丈夫なのだと思い込んでいました。ところがこれも間違っていました。治療中に詰め物の下に細菌が残ってしまったり、詰め物と歯の間から細菌が入り込んだりして、炎症を起こしたり虫歯を広げることがあるのだそうです。私の場合も、歯の詰め物の下が不穏な状態になっていたらしく、詰め物を外して治療を行ない、改めて新しい詰め物をしてもらいました。
 歯を失うと二度と生えてきません。削った歯は元通りにはなりません。乱れた歯並びを自力で正しい位置に戻すことはできません。
 若いころから気をつけていれば、すべての歯が健康なままで生涯を通すことができる。このことに気付くのが、私は少し遅かったようです。しかし、ぎりぎりで間に合ったようですから、これからは歯を大切にして、8020を実現しようと思っています。 (浪)

 出典:清飲検協会報(平成21年12月号に掲載)