【随筆】*「微生物との闘い《               浪   宏 友


 『最新ソフトドリンクス』(光琳)に、日本に清涼飲料水が定着していく過程を概説した章があります。ここに日本最初の果実飲料について次の記述がありました。
 「果実を原料とした飲料が最初に製造されたと思われるのは、1897年(明治30年)頃、和歌山県有田郡広村の吊古屋伝八氏によるミカン水である。このミカン水はミカンを搾汁してびん詰にし、大阪方面に出荷した記録があるが、この製品は上幸にして殺菌上十分のため、発酵して事業は中止されたようである。天然果汁を用いた保存飲料の製造は、想像以上の困難を伴ったことと思われる。《
 日本で最初に商業的に生産された天然果汁飲料が、失敗に終わった話だと思いますが、ここに清涼飲料水の生産者が取り組まねばならない宿命的なテーマが示唆されていると思われます。天然果汁を用いた飲料を保存しようとするとき、必ず遭遇するのが、微生物との闘いであり、おそらく終わり無き闘いであろうということです。
 吊古屋伝八氏のミカン水の頃は、パスツールやコッホ、北里柴三郎たちが登場して細菌学が発展しつつあった時期です。
 しかしながら、食品の生産現場における細菌対策にまで手が届くのは、ずっとあとのことでした。
 現在は、微生物に関する知見が深まって、DNAまで解明されるようになりました。こうして相手の正体が明らかになってくれば、効果的な対策を考えることができます。
 それにしても、微生物の多様性と繁殖力の盛んなことには驚かされます。このため清涼飲料水を作る現場では、本当にやっかいな存在になっていることでしょう。
 少しの隙間があれば、微生物はたちまち入り込み繁殖を始めます。
 清涼飲料水を作る設備。清涼飲料水を入れる容器やふた。清涼飲料水の原料や添加物。これらを使って清涼飲料水を製造する過程。そして製造にあたる人の衛生状態。どれひとつとしてゆるがせにできるものはありませんそんな中で、微生物に汚染されない清涼飲料水を作るのは大変なことだと思います。
 微生物を寄せつけないようにするにはどうすればいいのか。それでも取りついた微生物は、どのようにして取り除けばいいのか。それはそれは苦心惨憺の物語に満ちているにちがいありません。
 まず、微生物が付着しないようにしたいと思います。しかしながら、これは実に困難なことです。そこらに食物を置いておけば、空気中には浮遊している微生物が必ず付着すると考えなければなりません。
 こうした困難な課題を解決するために、食品を生産する現場ではさまざまな努力が払われています。
 設備や作業場を洗浄する。作業者の朊装を清潔にする。手洗いなどを徹底する。生産工程や製品を密閉して微生物を含んだ空気との接触を無くすなどなど。
 考えられる限り清潔を保ち、無菌状態を保つ努力が続けられています。
 どうしても付着してしまう微生物に対しては、殺菌・滅菌を考えなければなりません。その方法もいろいろと研究されてきました。食品を凍結する、紫外線を当てる、燻煙する超高圧をかけるなどさまざまな方法が開発されていますが、もっとも一般的な方法は加熱殺菌です。
 食べ物に応じ、目的に応じて、加熱殺菌の技術も向上し、設備も次々と開発されているようです。
 しかしながら、微生物は多様です。人間の対策をすり抜けるものがないとは限りません。あるいは、新たな微生物が発生しないともいえません。
 何処にでも出没する微生物を相手にした闘いは、やはり、永遠の課題であるように思えてなりません。           (浪)

 出典:清飲検協会報(平成22年6月号に掲載)