【随筆】*「微生物《               浪   宏 友


 それにしても、微生物はすごいですね。とにかく、何処にでもいるのです。
 水中の微生物は、図鑑などでよく見ましたアメーバ、ぞうりむし、ミジンコなどは、顕微鏡で見たことがあります。
 土の中は、微生物の天国で、種類も数も想像を絶するものがあるようです。土を小さじ一杯掬うと、1億もの微生物がいるなどと聞くと、驚きを通り越してしまいます。
 家の中でも湿気のあるところとか、ほんの小さな隙間や割れ目とか、普段人の手の届かないところとかには、必ず微生物がいるとのこと。こうした微生物が、空気中に漂い出てくるのです。
 だいたい、私たち自身も微生物の運び手になっていて、ちょっと歩いているうちに数千の微生物をまき散らしているなどと語る人がいました。まき散らした微生物は、空気中に漂ったり、その辺の器物に付着したりしているわけです。
 その日ルイ・パストゥールは、パリ・ソルボンヌ大学で講演をしていました。そこには親王妃殿下をはじめ、著吊人が多数集まっていました。パストゥールはプロジェクターを使って多くの細菌を示した後、会場を暗くして、細い光線を入れました。すると空気中の塵埃が漂っているのが見えました。
 私も子供の頃、雨戸から漏れる光のすじの中に微細な塵がゆっくりと流れているのを見て、興味を持ったことがあります。
 パストゥールは言いました。「諸君、この会場には、こんなにゴミが充満している。このゴミは、ときとして病原体を付着しており病気と死の原因になるものである《と。
 私たちの身の回りの空気中にも、微生物が数えきれないほど浮遊しています。
 一般的には外気1立方メートルの中に、微生物が100個ぐらい浮遊しているそうです。実際には、温度、湿度、風、環境などによってかなり違うそうです。
 ある研究者は、菓子工場で、風のない深夜工場の内部と外部の塵埃の数と、空気中に浮遊する細菌(バクテリアなど)、真菌(カビなど)を数えたそうです。
 屋外では、0.5マイクロメートル以上の塵埃が1立方メートル中に1千万個以上、細菌が2千個以上、真菌も2千個以上でした。
 工場の内部では、塵埃等が一番多かった製品出荷室でも、1立方メートルの空気の中に0.5マイクロメートル以上の塵埃が2万3千個程度、真菌が70個程度、細菌は10個程度でした。製造工場内では、真菌・細菌ともほとんどゼロになっていました。
 外気環境と比べると、その少なさに驚かされます。これはもちろん、工場内部を無菌状態にするために、数々の対策を積み重ねているからにほかなりません。
 建物を土や外気から遮断するために、いわば密閉状態にしなければなりません。
 人が出入りしますから、開口部が生じます開口部を二重にし、建物内部の気圧を若干高めることによって、外気が建物内に入らないようにするなどの対策が講じられます。
 人間の履物が土を持ち込まないようにする人間の衣朊や肌についてくる微生物を持ち込まないようにする。人間自身が体内に持っている微生物までも室内に漏れださないように対策を行う。これらもなかなか大変そうです。
 食品の原料には付着している微生物に対しても何かしなければならないでしょう。
 このほかにも、さまざまな微生物の侵入経路が考えられます。これらに対して万全を期さなければなりません。考えただけで、私など、気が遠くなりそうです。
 消費者の安全を確保するために、食品工場がこのような対策を行うのは、どうやら、現代日本の常識になっているようです。
 すごいことだなぁと感嘆しつつ、取り組んでくださる方々に対して、深い感謝の念を禁じ得ません。            (浪)

 出典:清飲検協会報(平成22年8月号に掲載)