【随筆】*「HACCP《               浪   宏 友


 このところHACCPという文字を、よく見かけるんですが、一体何のことだかさっぱり分かりませんでした。こういう記号みたいなものは、専門家の間だけの話だから、私なんかが知っている必要はないんだと思って、そのままにしておきました。
 ところが、調べものがあって、厚生労働省のホームページを見ているうちに、HACCP(ハサップ)という項目が目につきました。へえー、これ、ハサップって読むのかと思いながら、そのページを開きましたら、HACCPの定義が載っていました。それによると「食品の原料の受け入れから製造・出荷までのすべての工程において、危害の発生を防止するための重要ポイントを継続的に監視・記録する衛生管理手法《だそうです。
 私のイメージで家庭の夕食に置き換えてみると、ストアで買う食材も衛生的、台所で作るときも衛生的、食卓に並べて皆で「いただきます《と箸を取るときも衛生的になるようにと、まんべんなく気をつけるというようなことでしょうか。
 ということは、HACCPというのは、食の安全・衛生を確保するための重要な考え方だったんですね。これは、関係ないどころか大いに関心を持つべきことがらでした。
 HACCPは、お料理の味や出来ばえについては考えていないようで、ひたすら安全・衛生を追求するということのようです。
 この考え方を大規模な製造工場で実現しようと思ったら、なかなか大変だなあと思いました。工場の建屋、設備、システムなどのハード面の設計にも、緊張が走りそうです。
 工場で働く人々については、さらに大変でしょう。朊装を整えたり、手洗いなども徹底しなければなりません。食中毒の報道のなかで、調理に携わった方々の中に、保菌者が居たことが報じられることがあります。ここまで徹底して管理しないといけないのでしょうから、それはそれは難しいことでもあり、手間もかかることでしょう。
 興味が出てきたので調べてみると、管理の煩雑さはすごいものでした。とりわけ、毎日行うチェックが多岐に渡ります。
 かつて設備管理の仕事をしていた私は、当時のことを思い出します。点検の担当者がクリップボードに点検用紙を挟んで、ボールペン片手に工場内を駆けずり回っているすがたが目に浮かびます。
 点検記録は、責任者がすぐにチェックして問題点があれば即刻対応しなければなりません。しかし、数多くのなかからほんの一カ所の疑問点を見いだすのは容易ではありません
 こうした記録は何年も保存しなければならず、何かあったら遡って調査する必要も出てきます。束ねて紐で縛ってあるものをいちいちほどいて、見つけ出すなどという作業を想像すると、聞いただけでお手上げです。
 そんな想像を巡らせるうちに、HACCPの考えかたは素晴らしいけれど、本当に出来るのかなあなどと、またまた余計な心配をしてしまうのでした。
 ところが、時代は進んでいたのですね。今は、クリップボード代わりにモバイル端末を持ち、ボールペン代わりに電子ペンを片手に工場内を駆けずり回り(ここだけは変わりませんね)ます。記録はオンラインでサーバーに取り込まれます。異常な状態が記録されると、モニターに表示されます。責任者はすぐに現場のチェックに走り、処置することが出来るというわけです。
 記録の方も電子的に行われますから、必要なときはすぐ取り出せるし、統計的な処理も可能になるし、便利になったなあとつくづく思いました。
 HACCPというすぐれた考え方。これに対応した電子技術。それらが一体となって、私たちの食の安全・衛生を保つシステムが構築される。時代が進むとは、そういうことなのかもしれませんね。       (浪)

 出典:清飲検協会報(平成22年9月号に掲載)