【随筆】*「光触媒《               浪   宏 友


 JR大宮駅にほど近いさいたまスーパーアリーナで展示商談会「彩の国ビジネスアリーナ2010《が行われたときのことです。
 友人の展示ブースを手伝っていた私は、時間を見て場内を歩いてみました。産学連携のコーナーに紛れ込んでふと見ると、信州大学のブースがありました。
 私の自宅は長野県長野市で近くに信州大学工学部があり、親しみを感じている大学ですから自然に足が止まりました。すると「水質浄化《という文字が目に映りました。
 『清飲検協会報』にエッセイを書かせていただいている私には、水質浄化という言葉には引きつけられるものがあります。清涼飲料水の製造工程における大テーマのひとつが、そこにあると思っているからです。
 すぐさま並べてあった資料を取り上げて眺めましたが、私などに分かるはずもありません。たまたまブースにいた男性に「これはなんですか《などと、要領の得ない質問をしてしまいました。その男性が懇切に説明してくださったおかげさまで、私にも少し理解ができたようです。説明を聞いているうちに、これはすごいことだなと思ってしまいました。
 後日分かったことですが、その男性は、信州大学上田キャンパスでこの研究をなさっている宇佐美久尚准教授だったのです。なんと私は一番詳しい方に、懇切なご説明をいただいていたのでした。
 教えていただいたのは、酸化チタンの光触媒作用を活用した水質浄化設備の原理でした。
 改めて学んでみますと、酸化チタンの光触媒作用が日本人の手によって発見されたのは昭和40年代で、発見者の吊前を冠してホンダ・フジシマ効果として知られています。
 酸化チタンの光触媒作用には、大きく二つの機能があるそうで、一つは酸化分解作用、もう一つは超親水作用です。
 このうち酸化分解作用とは、酸化チタンに光を当てると、酸化チタンが活性化されて電子を奪いやすい正孔を発生し、有機化合物などを酸化するというものです。このはたらきを活用して抗菌や消毒、消臭などに応用できるわけです。
 酸化チタンの光触媒作用を応用したものの一つが、信州大学のブースで出会った水質浄化設備の原理でした。
 水中に置いた酸化チタンに光を当てれば、強い酸化作用によって水中の微生物などを死滅させることができます。
 ところが、水中に置いた酸化チタンに、外側から光を当てようとすると、水が混濁している場合は、光が遮られてしまいます。これでは酸化チタンは活性化されません。
 考えてみれば、透明な水であっても、光が水中を通過する以上、幾ばくかの吸収が行われる筈ですから、その分だけ効率が悪くなるのではないでしょうか。
 ここに展示されていたのは、水中に置いた光ファイバーの周囲に酸化チタンを塗布し、光を内側から直接酸化チタンに照射するというものでした。これなら水の混濁や水による光の吸収などに影響されることなく、酸化チタンを直接活性化できますし、石英ガラスは光を透過しやすいので、効率も高くなります。
 通信用に作られた光ファイバーですと、光が外に漏れないように工夫されているために酸化チタンに光が届きません。そこで、適度に光が漏れる光ファイバーを使うのだということでした。
 このとき、光ファイバーを何本か束ね、この間に水を通すようにすれば、酸化チタンと水の接触面積を大きくすることができますから効率が高まります。これも、光ファイバーを水中に置くからこそ実現できることでした。
 水中の微生物に対する殺菌の主流は加熱であり、その技術は高度に発展してきました。
 これに加えてこの方法が確立すれば、新たな可能性が膨らんでくると感じつつ、信州大学のブースをあとにしたのでした。 (浪)

 出典:清飲検協会報(平成23年1月号に掲載)