【随筆】*「殺菌・滅菌・除菌・抗菌《               浪   宏 友


 食品加工における課題の一つに、微生物のコントロールがあります。このことを勉強していましたら、あれあれっと迷ってしまいました。殺菌、滅菌、除菌、抗菌と、似たような言葉が出てきて、何がどう違うのか、分からなくなってしまったのです。
 菌に応じて、あれこれ対策を立てているんだと思いますが、そのときの目的や方法の違いによって、さまざまな言葉が生まれているようです。
 ひとくちに菌と言っても、実にさまざまです。私たちに害悪を及ぼす菌もいれば、有益な菌もいます。なかには私たちの生存のために、なくてはならない菌もいるようです。
 たとえば、人間のお腹の中には、重さにして1キログラムほどの菌が住んでいるのだそうですし、私たちの皮膚の上にも、ぎっしりと菌が居るのだそうです。
 こうした菌の多くは、人間に益をもたらすものだったのです。お腹の調子を整えたり、肌に潤いを与えてすべすべにしたり、進入してきた悪い菌をやっつけたり、そんな貴重なはたらきをしてくれているのです。
 食品加工の現場ではたらいてくれる菌があります。同時に、食品を駄目にする菌もあります。
 中には、食品加工の現場では役立っているのに、普段の生活の中で働かれると害になってしまうという、複雑な菌もあるようです。
 私たちからすれば、役立つ菌は保護したいし、害になる菌は取り除いてしまいたいわけです。
 さて、殺菌、滅菌、除菌は、菌を取り除くことを目的としているのだと思います。でもこの三つはどうちがうのでしょうか。
 除菌というのは、菌を取り除くということですから、菌を殺さなくても良いのでしょう。そういうことであれば、手洗いなんかはもっともポピュラーな除菌になりそうです。
 歯磨きも、除菌でしょうか。歯と歯茎の間の小さなくぼみに入っている菌、歯と歯の間にある菌、歯の表面にくっついている菌などを、歯ブラシで落としてしまおうというわけです。口の中には有益な菌が沢山いますから歯を溶かす菌だけを歯から取り除くことに特化しているのですね。
 殺菌や滅菌という言葉には、菌を死滅させるという意味が読み取れます。対象物に付着するあらゆる菌を、完全に死滅させ、無菌状態にするのが滅菌だということのようです。医療器具なんかは、滅菌して無菌状態にしてから使わなければならないのでしょう。
 殺菌というのは微妙ですね。対象物に付着する菌の全部を死滅させることも殺菌ですが一部を死滅させることも殺菌というようです。選択的殺菌といって、特定の菌だけを殺菌する方法が開発されていると聞きました。
 抗菌というのは、菌のはたらきを止めたり繁殖できなくしたりすることでした。菌の繁殖力は恐るべきもので、ちょっと油断するとたちまち菌でいっぱいになってしまうのですが、それを防ぐのだとしたら、これはすごいことです。
 無機系抗菌剤、有機系抗菌剤などがあるそうで、目的によって使い分けているようです。
 手すりに「抗菌《「手すりにおつかまりください《と書いてあるエスカレーターがありました。「手すりにバイ菌は着いていません安全のためにつかまってください《ということなんですね。エスカレーター事故のなかでも、手すりにつかまっていれば起きなかったというものがかなりあるようです。手すりは汚いから嫌だという人のために、手すりをきれいにしたり、抗菌処置をほどこしたりして手すりにつかまってもらおうと努めているのでしょう。
 菌と人間の闘いを表した言葉は、まだまだありました。菌に関する言葉が、こんなにあるのは、人間と菌とのお付き合いが、それほど深いということなのでしょう。  (浪)

 出典:清飲検協会報(平成23年2月号に掲載)