【随筆】−「江戸の清涼飲料水」               浪   宏 友


 「甘酒」が、夏の季語だと聞いて、不思議に思いました。あったかい甘酒は、冬の方が似合っていると思ったからです。
 本当かなあと思いながら、俳句歳時記をひもといてみましたら、ありました。夏の季語の中に、甘酒が出ています。
 ところで、白酒というのもあったっけと探しましたら、こっちは春の季語になっていました。
 甘酒と白酒は、私の中では同じものだったので、どこがどう違うんだろうと思って調べました。すると、普通の白酒はアルコールの度数が10パーセント程度だそうで、これはまさしくお酒でした。甘酒の方は、アルコールが入っていないので、これは清涼飲料水なんですね。両方とも“酒”になっているし、見た目が似ていたので、混同してました。
 すると、雛祭りの白酒は、お酒なんですね。そういえば「うれしいひなまつり」という童謡に「すこし白酒めされたか 赤いお顔の右大臣」という歌詞がありました。
 甘酒が夏の季語ってことは、夏の飲み物ということになります。これはどうしたわけでしょう。
 小首を傾げながら調べてみましたら、ありました。江戸時代には、夏に甘酒を飲んでいたというのです。それも、熱い甘酒をです。甘酒を入れた釜をてんびんで担いで、町なかを売り歩く姿が絵に残されていました。
 甘酒だけでなく麦湯(麦茶)も夏に熱いものを売っていたようです。
 夏の夕方になると「むぎゆ」と書いた行灯と涼み台が出て、14、5歳の少女が麦湯を売っていました。夏場限定のオープンカフェといったところでしょうか。この少女たちは、麦湯の女と呼ばれていました。
 暑い夏に熱い甘酒や麦茶を飲むのには、それなりのわけがあったのでしょう。
 氷もなく、冷蔵庫もない江戸時代です。冷たいものといえば、井戸水ぐらいだったのではないでしょうか。そんなとき、逆に熱いものを飲んで、どっと汗をかくのも、また気持ち良かったのかもしれません。
 夏に甘酒が飲まれたのには、もうひとつ理由があったようです。夏ばて防止です。
 米と米こうじを原材料とし、発酵させて作る甘酒には、ブドウ糖がたくさん含まれている上に、ビタミン類も豊富に含まれます。このため、体力の回復には効果を発揮したはずです。だれが言い出したのか、甘酒はジャパニーズヨーグルトなんだそうですね。
 とはいえ、あったかい甘酒は、やはり冬にも飲まれていました。当然といえば当然なんですが、それでもやっぱり、甘酒は夏の季語なんですね。
 暑い夏には、江戸っ子だって、やっぱり冷たいものが欲しくなるでしょう。そんな要望に答えて、「ひゃっこい、ひゃっこい」と言いながら売り歩いたものがあるそうです。四文出すと、錫や真鍮製の茶碗一杯に、白玉を浮かべ砂糖を加えた冷たい井戸水が差し出されました。八文、十二文とはずむと砂糖を追加してくれたとか。町角で、冷たさを求めながら、糖分補給をしていたのですね。
 そうそう、江戸時代は、お金を数えるときには「四」になれていたようです。四文とか八文とか、四の倍数の値段をよく耳にします。さきほどの甘酒や麦湯も一杯四文だったそうです。落語の「時蕎麦」でも、蕎麦一杯十六文で、四の倍数ですね。ついでながら、一両は四分、一分は四朱でした。
 「ひゃっこい、ひゃっこい」と売り歩いた白玉入りの冷水も、売れ行きが悪いときには困ったでしょうね。井戸から汲み上げたときはひゃっこかった水も、暑い夏の日差しの中では、たちまち温まってしまったでしょう。とはいえ、「ぬるーい、ぬるーい」と売り歩くわけにもいきませんし……。
 江戸時代には江戸時代なりの清涼飲料水が、人びとの喉を潤していたようです。(浪)

 出典:清飲検協会報(平成23年8月号に掲載)