【随筆】−「ペットボトルを持ち歩く」               浪   宏 友


 長野新幹線で長野から東京まで仕事に行く私のバッグには、たいてい500ミリリットルのペットボトルが入っています。新幹線に乗車しているのは1時間半程度ですが、どういうわけか途中でのどが乾きます。のどが乾いたときに、何もないのは辛いもので、車内販売がくれば何か飲み物を買うこともできますが、そう都合よく来てくれるわけでもありません。そういうわけで、新幹線に乗るときは、必ず水を持つことに決めました。
 妻にペットボトルを預けておくと、冷たい水を入れてくれますので、これをバッグに放り込みます。500ミリリットルのペットボトルは大きすぎず小さすぎず、携行するのに手頃感があります。
 冷たいペットボトルをそのまま持ち歩いていると、ボトルが汗をかきます。結露です。そのままバッグに入れておくと、周りのものがぐっしょり濡れてしまいます。
 そこで妻がペットボトル専用の袋を買ってきてくれました。外側は黒い化繊、内側は銀色の金属箔。アルミかもしれません。化繊と金属箔の間には,厚みのあるものが挟んであります。簡易ながら保温材なんですね。
 こうしたものが市販されているということは、私みたいに500ミリリットルのペットボトルに冷たいものを入れて持ち歩く人が、大勢いるということなのでしょうか。
 ペットボトルを入れる袋は、どういうネーミングで販売されているのかなと思って、インターネットで探してみました。すると、あるわあるわ、あっと言う間に8つの商品名が出てきました。
 また、そのデザインがさまざまでした。
 大人っぽい柄のもの、子ども向けのキャラクターが入っているもの、女性向きと思われる花柄のもの、若い男性向きと思われる格好よさを追求したものなどなど。
 機能的にみると、ボトル表面に結露した水滴を外に出さないだけのものがほとんどですが、中には、保温効果を高めたものもありました。
 また、手提げバッグに入れて持ち運ぶタイプのものや、肩紐がついているものなど、携行の利便性を考えたものがありました。
 ペットボトルを持ち運ぶためだけの小さな袋が、こんなにビジネスチャンスを作っているとは、思いもよりませんでした。
 東京での仕事が終わると、長野新幹線で長野に帰ります。途中で500ミリリットルの水をすっかり飲んでしまって、ペットボトルが空っぽになったことがありました。長野市内の自宅に帰り、ペットボトルを洗おうとして、台所で蓋を取ったとき、プシュッと小さな音がしました。なんだい、この音は。考えますと、軽井沢駅付近で空っぽになったことを思い出しました。
 その次に乗車したときに、今度は故意に軽井沢駅付近で水を飲み干し、家で蓋を空けますと、やはりプシュッと音がします。どうやら、軽井沢あたりと長野の自宅の標高差に原因があるようです。
 軽井沢駅の標高は約940メートル。全国の新幹線の駅でもっとも標高が高いそうです。
 長野の自宅の標高はおおよそ360メートルですから、軽井沢に比べて580メートルほど低くなります。ここから概算すると60〜70ヘクトパスカルぐらいの気圧差があることが分かりました。
 ペットボトルの寸法を直径7センチメートルぐらい、高さ20センチメートルぐらいとしますと、空気がペットボトル全体を押さえる力は、軽井沢駅よりも長野の自宅のほうが30キログラムぐらい大きくなります。そのため、軽井沢の気圧で蓋をしたペットボトルは、長野の自宅では少しへこんでいるのです。それで蓋を空けるとプシュッといって、もとに戻るわけで、気圧も馬鹿にならないなあなどと、どうでもよさそうなことに、一人で感心していました。(浪)

 出典:清飲検協会報(平成23年9月号に掲載)