【随筆】−「コーヒー伝説」               浪   宏 友


 コーヒー豆の生産国は、ブラジルが第1位、コロンビアが第2位と聞いていましたから、コーヒー発祥の地は南米だとばかり思い込んでいました。それは違うよ、エチオピアだよ。コーヒーという名前も、エチオピアのカファという土地の名前からきてるんだよと教えられて、びっくりしました。
 本当かなあと調べてみると、なるほど、エチオピアには、野生のコーヒーの木が繁っているというのです。そして、コーヒー発見の伝説がありました。
 昔、エチオピアに、一人の山羊飼いがいました。ある日、山羊の中の一群が、他の山羊たちよりも元気に飛び跳ねていました。どうしたんだろうと見まわすと、その山羊たちの近くに赤い実をつけた灌木がありました。この実が原因かもしれない。そう思った山羊飼いは、その赤い実を食べてみました。すると、気分が爽快となり、元気が出てきたのです。
 山羊飼いはこのことをイスラムの僧侶に話しました。僧侶がその実を試してみると、山羊飼いの言った通りでした。そこで、その実を集めて修道院に持ち帰り、他の僧侶にも勧めました。こうして、赤い実を食べるようになった僧侶たちは、徹夜の行にも耐えられるようになりました。この赤い実が野生のコーヒーだったんです。
 このお話からみると、コーヒーは、飲むものではなくて、食べるものだったんですね。
 コーヒー発見の伝説が、もう一つありました。エチオピアから見ると紅海の対岸にあるイエメンに伝わる物語です。
 昔、この地域にモカという国がありました。
 現在もイエメンの紅海沿岸にモカという港町があります。コーヒーブランドのひとつモカの名前の由来となった町です。モカの国がそのままモカの町になったのかどうかは分かりません。
 あるとき、モカ国の人々が流行病で苦しんでいました。そこにイスラム教の聖職者オマールが現れたのです。オマールは人々を病から救い、感謝されました。
 噂を聞いたモカの王は、オマールを宮廷に招きました。流行病に倒れていた娘の病気を治してくれというのです。オマールは、全力を尽くして娘の病気をなおしました。ところが娘の病気が癒えたとき、オマールは娘に恋をしていたのです。このことを知ったモカの王は腹を立てて、オマールを国から追い出してしまいました。
 追放されたオマールは、人里離れた山中に隠れ住むようになりました。
 ある日、食べものを探していたオマールの耳に、陽気にさえずる小鳥の声が聞こえてきました。声に誘われて行きますと、小鳥が赤い実を食べています。空腹だったオマールは赤い実を摘み取って帰り、スープを作って飲んでみました。すると、快い気持ちになり、元気がわいてきたのです。
 オマールは赤い実を持って密かに町に降り、人々に赤い実のスープを勧めました。人々が勧められるままに飲みますと、気分が爽快になります。赤い実のスープは、たちまち人々の間に広まりました。
 赤い実の話は、モカの王の耳に入りました。赤い実をもたらしたのがオマールであることも分かりました。そしてようやくオマールは町に戻るのを許されたのでした。
 このお話では、コーヒーの生の実を煎じて飲用していたのですね。その後、炒ってから煎じるようになり、さらに炒ったものを粉にして煎じるようになったようです。粉にすると濃くなって具合がいいのだと思いますが、今度は、飲むときに粉が邪魔になります。そこで、布か何かで漉し採って飲むようになったのでしょう。ここまでくると、現代のコーヒーによほど近くなります。
 私も、毎日のようにコーヒーを楽しんでいますが、その裏に、こんなお話があるなんて、まったく知りませんでした。(浪)

 出典:清飲検協会報(平成24年1月号に掲載)