【随筆】−「ちょっと一息」               浪   宏 友


 おーい、一息つこうぜ。
 リーダーが声をかけると、男たちは一斉に立ち上がって集まってきます。おばちゃんがお茶とお菓子の準備をしています。男たちは車座になって喉を潤しながら世間話をしたり、おばちゃんと軽口を叩き合ったり。こんなときの渋茶一杯は実に美味い。
 ひとときが過ぎると、そろそろ始めるかと立ち上がり、持ち場に向かいます。おばちゃんは湯飲みや菓子の食べ残しなどを集めて、洗い場に向かいます。健康な汗の匂いのする幸福なひとときです。私も現場仕事をしている頃には、こんなお茶をよく飲んだものです。
 今の私は、自宅の一室を仕事場にして、資料に目を通したり、原稿を作ったりすることが多くなりました。そんな作業の節目節目に、台所に行っては飲み物を口にします。これがまた、実に美味い。回転を止めてしまった頭を活性化してくれる妙薬です。
 外回りのとき、一服したくなります。落ち着くところは喫茶店。ゆったりとくつろげる店に入って、四人掛けのところに一人で座り、コーヒーなりジュースなりを注文しては、備え付けの新聞を読んだり、瞑目したりして時を過ごします。
 それほど時間のないときは、セルフサービスのコーヒーショップ。コーヒーを注いだマグカップを片手に窓際の席でちょっと休憩。呼吸を整えて次のスケジュールに入ります。この小さな時間がなんともいえません。
 ちょっと一息。これは「間」です。日本文化は「間」の文化と言われることもあります。
 時代劇を見ていると、峠の茶店が出てきます。旅人とおぼしき人がお団子を食べてお茶を飲んで、小銭を置いてまた出かけるという場面が描かれます。この間が、この先の旅路の元気を生み出すのでしょう。
 私にとっての峠の茶店は、駅のホームに具えられた清涼飲料水の自動販売機です。次の電車が到着するまでの短い時間ですけれど、小銭を入れてボタンを押してガタンと落ちた飲み物の蓋を取って、一気に飲み干します。するとなんだか気楽になるから不思議です。
 ちょっと一息にはちょっとした飲み物がよく似合います。水ではちょっと味気ないから、やはりここはソフトドリンクスということになるでしょう。ちょっと一息にお酒では具合が悪いですね。やはりコーヒーとか、ジュースとかがいいですね。
 考えてみればソフトドリンクスは他愛のない飲み物です。けれども、なくてはならない飲み物でもあるようです。
 どれ一休みと言いながらソフトドリンクスに手が伸びるのは、ひとつは生理的なものだと思います。いわゆる水分補給です。黙って寝ていても水分補給をしなければならないのですから、忙しく立ち働いていたら、水分が欲しくなるのは当然です。
 ソフトドリンクスは精神安定剤にもなります。何かあったらまず水を飲めと言われます。慌てているときでも、水を飲むと心が落ち着きます。「人間は落ち着いたら、まともなことを考える」と長老から聞いたことがありますが、本当にそうだと思います。仕事でいっぱいいっぱいになったときにも、ソフトドリンクスを口にすれば、ひとまず落ち着いて心が解きほぐされます。
 ソフトドリンクスは生理的にも心理的にも重要なはたらきをする飲み物だったのです。
 音楽の楽譜を見ると休止符が書かれています。音楽の休止符は、音符と同じように音楽づくりに重要なはたらきをしています。
 日常の「間」も生活や仕事のリズムをつくり、進展させるために、大切なはたらきをしているように思われます。そんなちょっと一息に、ソフトドリンクスは欠かせない飲み物だったのです。
 さて、原稿も一段落しました。
 私も、ソフトドリンクスで一息つかせていただきます。(浪)

 出典:清飲検協会報(平成24年3月号に掲載)