【随筆】−「ラプンツェル」               浪   宏 友


 なかなか子供が授からない夫婦がありました。ようやく懐妊することができたのですが、妊娠した妻はラプンツェルが食べたくてしかたがありませんでした。ラプンツェルは野菜のひとつです。
 隣に住む恐ろしい魔女が、広い畑でラプンツェルを作っていました。頼みに行っても、とても分けてもらえそうにありません。
 妻があんまりラプンツェルを食べたがるので、夫は魔女の畑に入りラプンツェルを摘もうとしました。そこを魔女に見咎められてしまったのです。
 夫はわけを話して、ラプンツェルを分けてほしいと頼みます。すると、ラプンツェルを食べたなら生まれた子をよこせと魔女はいうのです。それでも妻はラプンツェルを食べてしまいました。
 やがて月が満ち女の子が生まれました。そこに魔女がやってきて、有無を言わさず赤ん坊を奪い取り、姿をくらましてしまいました。
 それから10数年、ラプンツェルと名付けられて、魔女の手で育てられた女の子は、ある森の中の高い塔に閉じ込められていました。塔には入り口がありません。階段もありません。高いところに窓がひとつ開いているだけです。魔女が地上からラプンツェルに声をかけると、ラプンツェルが窓に現れて、金髪の長い髪を地上まで下ろします。魔女はそれにつかまって、引き上げてもらうのでした。
 ある日この森を、王子が通りかかりました。すると、どこからともなく歌声が聞こえてきます。声の方に進みますと、高い塔があって、その中から聞こえてくるのです。不思議に思いながら見ていると、塔の下に老婆が歩み寄り塔に向かって呼んでいます。すると、窓に美しい少女が現れて、長い金髪を下ろし、老婆を引き上げるではありませんか。
 王子は塔に通いました。老婆の言葉も覚えました。老婆が朝決まった時間に出て夕方決まった時間に帰ってくることも分かりました。
 ある日、意を決した王子は、老婆が出かけたあと塔の側に歩み寄り、窓に向かって呼びかけました。少女が垂らしてくれた金髪につかまり、王子は引き上げてもらったのです。
 ラプンツェルは驚きました。魔女以外の人を見るのは初めてでした。恐れているラプンツェルに、王子は優しく声をかけました。ラプンツェルも王子に心を引かれました。二人は恋に落ちたのです。
 二人が逢瀬を重ねるうちに、ラプンツェルのお腹に命が宿りました。異変に気付いた魔女は烈火の如くに怒り、ラプンツェルの髪を根元から切り落とした上、遠い荒野に追い出してしまいました。
 それとは知らない王子は、いつものように声をかけます。降りてきた金髪につかまって引き上げてもらうと、そこにいたのは魔女でした。魔女は王子を激しくののしります。ラプンツェルを失って悲しむ王子を、魔女は窓から突き落としました。窓の下に繁茂していたいばらに突かれて、王子は両目を失ってしまいました。
 それから数年。目の見えない王子はさまよい続けていました。
 ある日、荒野を歩いていると、懐かしい歌声が聞こえてきました。歌声を頼りに行くと、ラプンツェルも王子に気づきました。ラプンツェルは王子との間にできた双子とともに、貧しい暮らしをしていたのでした。
 王子を抱きしめて泣くラプンツェルの涙が、王子の顔にふりかかると、目が開きました。二人はようやく巡り合うことができたのです。
 王子とラプンツェル、そして双子の子供たちは、連れ立って、王子の国に帰り着くことができたのでした。
 これは、グリム童話集にある物語のひとつです。紙面の関係であらすじのみとなりましたが、物言いたげな物語です。特に老婆が何者なのか、考えるたびに、新たな迷路に迷い込みます。(浪)

 出典:清飲検協会報(平成24年9月号に掲載)