【随筆】−「仏像の髪形」               浪   宏 友


 大仏さまの頭を見ると、たいてい、丸いつぶ状の髪の毛がぎッしりと並んだヘアスタイルになっています。この髪形を誰かがアフロヘアと言ったら、パンチパーマだと反論している人がいました。
 仏像の解説書を読むと、これは螺髪(らほつ)というのだそうです。螺というのは巻き貝のことです。確かに巻き貝のような形の髪がぎっしり並んでいます。奈良の大仏さまも、鎌倉の大仏さまも、螺髪です。私が各地のお寺で拝観した仏さまは、みんな螺髪でした。螺髪は仏さまの定番なんですね。  歴史上の仏さまは、およそ2500年ほど前にインドに出られた釈迦牟尼世尊すなわちお釈迦さまです。歴史上の人物としての仏さまはお釈迦さまだけで、ほかの仏さまはすべてお経のなかに出てくるだけです。
 お釈迦さまは、29歳で出家して35歳で悟りを開き、80歳で入滅するまで教えを説き続けたと聞いています。
 お釈迦さまのもとで出家して修行に励んだ人々は、男性も女性も剃髪していました。これについては面白いお話があります。
 はじめのうちは、お釈迦さまも弟子たちも髪を伸ばしていました。町の床屋さんが定期的に精舎を訪れ、修行者の散髪をしました。これは床屋さんの感謝からの布施でした。
 ある日、床屋さんが精舎を訪れますと、数人の若い修行者たちにつかまりました。この若者たちは、出家する前は貴公子でわがまま一杯に暮らしていました。そのくせが抜けないで、修行に入ったにもかかわらず、悪戯ばかりしているのでした。
 若者たちは、床屋さんに、自分たちの頭を刈らせました。このとき、うるさく髪形を注文するのです。ああでもない、こうでもないと床屋さんを困らせました。そのうちに日が暮れてしまい、床屋さんはそのまま帰っていきました。このため散髪する予定だった修行者たちは、だれも散髪できませんでした。
 この話を聞いたお釈迦さまは考えました。髪があるから髪形が気になるのだ。髪形に気を取られて修行がおろそかになるのは主客転倒である。修行者には髪を剃らせよう。
 日差しの強いインドでは、髪の毛は日除けのために大切だったに違いありません。これを剃り落としてまで、修行に専念させようというのです。お釈迦さまも、この結論を出すまでにはよほどお考えになったことでしょう。
 こういうとき、お釈迦さまは、自ら率先して実践なさいます。おそらく真っ先に剃髪なさったと思います。
 そう考えますと、お釈迦さまの像は、本当は剃髪姿でなければならないはずです。ところが、お釈迦様の像には髪があります。これは、面白い現象だなあと思います。
 高田修著『仏像の起源』(岩波書店)によりますと、1世紀の終わりごろのガンダーラと、2世紀初めごろのマトゥーラで、別個に仏像が出現したのだそうです。
 お釈迦さまが入滅なさったのは、紀元前4世紀ごろですから、ずいぶん時間が開いています。この間、お釈迦さまの姿は絵にも、彫刻にも表わされたことがありません。お釈迦さまのお姿は伝わっていないわけですから、お釈迦さまの像の髪型は、仏像を作った人が考え出したものだと思います。
 ガンダーラで作られた仏像の頭は髪がふさふさとウエーブしていて、頭の頂上に髷(まげ)のように結い上げてあります。マトゥーラ仏は、髪がひとつの大きな巻き貝のような形をしています。いずれも、当時のその地方の普通のヘアスタイルだったようです。
 時代が下って3世紀ころのマトゥーラ仏の写真を見ると、小さな巻貝のような形をした髪が隙間なく並んだ髪型になっています。仏像の螺髪は、どうやらここから始まって、日本に伝えられたのかもしれません。
 慣れ親しんでいる仏さまの髪型にもこんな歴史があったんですね。(浪)

 出典:清飲検協会報(平成25年1月号に掲載)