【随筆】−「浦島伝説」               浪   宏 友


 浦島太郎のお話は、子供の頃に聞かされた覚えがあります。
 浦島太郎は漁師です。ある日、浦島太郎が浜辺を行きますと、子供たちが亀を捕まえて乱暴をしていました。太郎は、子供たちから亀を買い取り、海に帰してやりました。
 それから数日後、釣りをしている太郎のもとに、あの亀が近づいてきました。亀は太郎の目の前までくるとお礼を言いながら、龍宮城にお招きしたいと言います。亀の主人の乙姫さまがお礼を申し上げたいと言っているのだそうです。太郎は驚きながら亀の背に乗って案内してもらいました。
 乙姫さまに迎えられた太郎は、龍宮城の大広間に案内されました。一番立派な席に座らされて、大歓待を受けました。
 金銀珊瑚で作られた美しい宮殿で、数しれぬ魚たちに囲まれて、乙姫さまと暮らす龍宮城での毎日は素晴らしいものでした。
 あまりの楽しさに時の経つのも忘れていましたが、ふと母親のことを思い出しました。そうだおっ母が一人で待っている。心配しているかもしれない。一度帰ってこよう。  このことを話すと、乙姫さまは、どうしても帰らなければなりませんかと悲しげな顔をします。おっ母の顔を見たら戻ってきますと約束して、釣り竿を持ち、沢山のお土産と共に亀の背に乗りました。
 そのとき乙姫さまが、玉手箱を太郎に渡しながら言いました。この玉手箱をお持ちください。けれども、決して開けてはなりませんよ。太郎は軽い気持ちで、分かりましたと返事をして出発しました。
 亀に送ってもらった太郎は、久しぶりに海岸に立ちました。通い慣れた海岸なのに、なんだかいつもと違うような感じがしました。家に向かって歩きましたが、なんだか様子が違います。行き交う人の中に、知っている人が一人もいません。
 太郎は目を疑いました。家についたはずなのに、そこには何も無かったからです。いったい、何が起きたのでしょう。
 太郎は通りがかりの人に聞きましたが、家のこともおっ母のことも誰も知りませんでした。たった一人、年寄りが首を傾げながら、そういえば、ずいぶん前に、息子が突然いなくなった母親の話を聞いたことがあると言ってくれました。三百年くらい前の話だと言うのです。太郎は、龍宮城で三百年も暮らしていたことに、初めて気づきました。
 太郎は途方に暮れました。どうしたらいいのか分からないまま歩き始めました。どこをどう歩いたのか分かりません。
 気が付くと、山奥の大きな岩が連なっているところに出ていました。どことなく龍宮に似ている思いがして、おのずと足が向かいました。なかでもひときわ大きく平らな岩がありました。そこに座って足を投げ出し、しばらく放心状態になっていました。  ふと、乙姫さまからもらった玉手箱に目がいきました。決して開けてはなりませんと言われた言葉を思い出しながら、紐を解き、ふたを開けました。すると、七色の煙がふうわりとたちのぼり、消えました。それっきり何も起きませんでした。
 そのとき太郎は夢から覚めたような心持ちになりました。ここで昼寝をしていて目が覚めたような気分でした。
 太郎は立ち上がって川に降り、水を飲もうと水面を覗きますと、老人の顔がうつっていました。しばらくして、それが自分であることが分かりました。
 太郎は、また歩き始めました。岩の上には釣り道具とふたの開いた玉手箱が置きっぱなしになっていました。
 浦島伝説にはさまざまなバリエーションがあります。なかには、乙姫さまと仲睦まじく暮らしたという話もありました。人々の生活や願いが、お話の中に映し出されているのだろうと思います。(浪)

 出典:清飲検協会報(平成25年6月号に掲載)