【随筆】−「宇賀弁財天」               浪   宏 友


 翁の人頭を持ち、身体はとぐろを巻いた蛇という神が、各地の寺社に祀られています。宇賀神です。
 宇賀神とはどういう神さまなのでしょう。結論からいえば、出自が判然としない神さまなのです。
 天の岩屋戸伝説によれば、須佐之男命(すさのおのみこと)は高天原(たかまのはら)で大暴れしたために、神々から追い出されてしまいました。地上に降りたところが出雲の国でした。この地で八岐大蛇(やまたのおろち)を退治した物語はご存知だと思います。
 須佐之男命は、八岐大蛇の生贄にされかけていた櫛名田姫(くしなだひめ)と結婚して子供を産みました。その五代目の孫が大国主神(おおくにぬしのかみ)とされています。大国主神は、仏教と共に伝来したインドの神シヴァの変化身のひとつマハーカーラと習合して、大黒天となりました。
 須佐之男命が二人目の妻に生ませた子の中に、ウカノミタマノ神がいます。「ウカ」は食物・穀類のことで、「ミタマ」は神霊ですから、ウカノミタマノ神は穀物の神霊です。農耕民族にとっては重要な神さまです。「ウカ」の神さまとして、特別に祀ったでありましょう。これが宇賀神であるという説があります。
 日本では、蛇を神の化身と考えたり、神の使いとして崇める信仰がありました。蛇はまた、穀物の神と考えられることもあったようです。そうしたことから、穀物の神霊である宇賀神と蛇が結びついて、人頭蛇身の像が生まれたのかもしれません。
 話は変わりますが、仏教の祖である釈迦牟尼世尊の説いた教えをもとに、インドで作られた経典が、中国で漢訳され、それが日本に伝わってきました。
 これとは別に、中国で作られた経典が日本に伝わったものや、日本で作られた経典があります。そうした経典は偽経(ぎきょう)として区別されています。
 しかし、偽経であるからけしからんとか、価値が無いなどと、一概に決めつけられるわけでもありません。
 どのような経緯で作られたお経でも、内容が三法印(さんぽういん)という基準に叶っていれば、釈迦牟尼世尊の教えに通じていると考えるのが、仏教の立場です。内容が釈迦牟尼世尊の教えに通じていれば、仏教経典としての価値があるわけです。
 中国で作られた偽経のひとつに『仏説盂蘭盆経(ぶっせつうらぼんきょう)』があります。このお経は日本の風習のひとつであるお盆の裏付けとなりました。8月15日の旧盆の前後にはお盆休みに入る会社もありますから、働く人にとってはありがたい偽経です。
 日本で、鎌倉時代よりも後に作られたと推測されている五部の偽経があります。弁才天五経です。
 聖武天皇が重んじた『金光明最勝王経』では弁舌の神であった弁才天が、弁才天五経では財福の神となっています。これによって、財福を求める人びとの弁才天信仰が広がったようです。
 もともとは「辯才天(弁才天)」と表記されていたものが、「辨財天(弁財天)」と表記されるようになったのは、ここからだと思われます。
 この経典に、弁才天と宇賀神の習合が説かれています。弁才天は水に関係の深い神であり、蛇神も水に関係が深いことから、結びついたのではないかと考えられています。
 『金光明最勝王経』に説かれる弁才天像は八臂でした。弁才天五経に説かれる弁才天像も八臂ですが、持ち物が少し違います。
 なによりも大きな違いは、頭頂に華表(鳥居)が建てられ、その奥に人頭蛇身の宇賀神が祀られるようになったことです。この像は宇賀弁財天像と呼ばれ、多くの作例に接することができます。(浪)

 出典:清飲検協会報(平成26年8月号に掲載)