【随筆】−「江の島の弁財天」               浪   宏 友


 神奈川県藤沢市江の島にある江島神社(えのしまじんじゃ)に江島縁起と呼ばれる伝説が言い伝えられています。
 昔、鎌倉の深沢にあった大きな湖に、頭が五つある龍が棲んでいました。人々は五頭龍(ごずりゅう)と呼んで恐れていました。
 五頭龍はそこらじゅうを暴れまわり、洪水を起こしたり、山を崩して田畑を埋めたり、人々を追いかけまわしたり、ありとあらゆる悪さをしていました。
 五頭龍は、とうとう人間の子どもを食べてしまいました。それから次々と人間の子どもをさらっては食べました。津村の長者などは十六人いた子どもたちをみんな食べられてしまったのです。人々はたまりかねて逃げ出し村はすっかりさびれてしまいました。
 そんなある日、突然、黒雲が天を覆い、大地震が起き、大風が吹き、大雨が降り、沖合から高波が村を襲いました。人々はおののきましたが、どうにもなりません。
 ようやく収まったと思ったら、今度は海底から大爆発が起こりました。まっかな火柱が上がり、岩が天までふきあげられ、海の中から島がせりあがってきました。
 やがて静かになりました。人々は海岸に集まって、現われたばかりの島をこわごわと見ています。すると、上空から美しい音楽が聞こえてきました。見上げると、天女が侍女を伴って、新しい島に降りてきました。
 五頭龍も、この出来事に驚き、悪さをすることも忘れて一部始終を見ていましたが、天から降りてくる美しい天女を見ると、一目で好きになってしまいました。
 五頭龍は天女の前に行き、自分の妻になれと居丈高に言いました。すると天女は美しくも気高い姿で五頭龍に向かい、凛とした声で言いました。わがままに暴れまわり、人々を苦しめ、あまつさえ子供まで食べてしまうような者の妻になることなどできぬ。きっぱりと撥ね付けられた五頭龍は、天女の神々しさに打たれて、すごすごと引き下がりました。
 深沢の湖に帰った五頭龍は、酔いから醒めたような気持ちになりました。あの天女の言うとおりだ。こんな悪さを繰り返していてはいけない。そう思った五頭龍は再び島を訪れて、天女に詫びました。そして、これからは自分の力を人々のために使いますと誓いました。五頭龍が自分の悪行に気づき、深く後悔し、心を改めたことを見通した天女は、夫婦になることを承知しました。
 それからというもの、五頭龍は、日照りのときには雨を降らせ、嵐が来ると追い払い、高波が来ると自分の身を横たえて食い止め、土地の人びとを守りました。
 長い間、こうしたことを繰り返しているうちに、さすがの五頭龍も、身体は傷つき、力も衰えてきました。
 ある日、五頭龍は天女に言いました。自分の力はすっかり衰えて、人びとを守ることができなくなった。この上は、山となって、人びとの行く末を見守りたい。
 天女がうなずくと、五頭龍は島の対岸に渡り、そこにうずくまって、顔を島に向け、天女を見つめながらひとつの山になりました。人々は龍の口にあたるところに神社を建て、五頭龍大神を祀りました。龍口明神社(たつのくちみょうじんしゃ)です。
 五頭龍は、今もここから天女を慕って、島を見つめ続けているのだといいます。天女は弁財天として江島神社に祀られています。
 江島神社の祭神は宗像三女神です。多紀理比売命(たぎりひめのみこと)、市寸島比売命(いちきしまひめのみこと)、田寸津比売命(たぎつひめのみこと)の三女神で、それぞれ奥津宮・中津宮・辺津宮に祀られ、弁財天と習合しています。
 また、泰安殿に八臂弁財天と、裸弁天で有名な妙音弁財天が祀られています。五頭龍の妻となった天女は、妙音弁財天であるとされています。(浪)

 出典:清飲検協会報(平成26年12月号に掲載)