【随筆】−「古代の神殿」               浪   宏 友


 メキシコの古代文明といえば、ユカタン半島に栄えたマヤ文明を思い出します。
 なかでもチチェンにあるエル・カスティーヨと呼ばれるピラミッドは頻繁に紹介されています。一辺55m、高さ24mの四角錐形をしている石積みのピラミッドで、頂上に最高神ククルカンを祀る神殿があります。ククルカンは、羽毛を持つ蛇なのだそうです。
 ピラミッドの四面に階段があって、それぞれ91段、四面合わせると364段、これに頂上の1段を加えると365段。ちょうど1年の日数になります。
 このほかにも暦にまつわる表現がいくつもなされていますが、極めつけは正面の階段に施された仕掛けです。
 北側階段の大きな手すりが、地上で大きな蛇の頭になっていて、大きな口を開け、長い舌を出しています。人が呑みこまれそうな大きさです。これは蛇神ククルカンで、手すりがククルカンの胴体になっているのです。
 手すりを外側からみると大きな壁になっています。ここに仕掛けがあるのです。春分の日と秋分の日の夕刻、この壁にピラミッドの稜線の影が、手すりの傾斜に沿って落ちるようになっています。稜線に作ってある凹凸が、手すりの壁に映ります。太陽が西に傾き、地平に隠れるまで、刻々と影の形が変化します。これは蛇神が空から降りてくる姿を表わしているのだそうで、人々はククルカンの降臨と呼んでいます。そういわれてみれば、影の動きが、あたかも蛇が身をくねらせているように見えます。
 古代の人々はククルカンの降臨を畏れ敬ったことでしょう。現代は、世界中から多くの人々が集まって、この奇跡を迎えています。
 この日は春分か秋分です。ククルカンの降臨は、季節の変わり目を教えてくれる暦でもあるのです。このように、暦を仕込んだ古代神殿が、世界の各地に見られます。
 エジプトにあるアブ・シンベル神殿は世界最大の岩窟神殿といわれていますが、春分の日、秋分の日だけ、神々の像に太陽の光が当たるようになっています。
 イギリスのソールズベリにあるストーンヘンジには、夏至の朝に太陽が昇る方向を知る仕掛けがあります。
 天空の都市と言われるマチュピチュには、夏至の日と冬至の日にだけ太陽が差し込む二つの窓が開けられてる神殿があります。
 こうした特別の日には、神官や王族たちが神殿に入り、儀式を行ったにちがいありません。民衆は儀式を固唾を呑んで見守っていたことでしょう。この日が曇りや雨で、太陽が現れなかったときはどうしたでしょうか。神の怒りを鎮めるために、必死に祈りをささげたのかもしれません。
 メキシコのユカタン半島にマヤ文明が起りましたが、メキシコの高地にはテオティワカン文明が起りました。ここにも、暦を仕込んだ神殿があります。
 NHKから放映された番組によれば、4月29日と8月12日に、太陽のピラミッドと月のピラミッドの西側の正面に太陽が沈みます。夏至でもなければ冬至でもなく、春分でも秋分でもありません。何の意味があるのだろうと、番組を見ながら思いました。
 番組の説明によれば、4月29日は雨期の始まりの日であり、8月12日は乾期の始まりの日です。これに加えて、次のようなコメントがありました。
 当時の長さの単位で月のピラミッドを測ると一辺が105単位で、雨期の日数の105日に対応しています。太陽のピラミッドの一辺はは260単位で、乾期の日数260日に対応しています。
 トウモロコシを主食とするテオティワカンの人々には、雨期・乾期は重要な意味を持っていたのでしょう。そのために神殿に暦を仕込んでいたのです。暦は神の託宣であったのかもしれません。(浪)

 出典:清飲検協会報(平成27年6月号に掲載)