【随筆】−「プシューケーの難行」          浪   宏 友



 夫のクピードーは、愛は疑いとは同居できないと言い残し、プシューケーを置いて、真夜中の空に飛び去りました。プシューケーは、夫を追って山中をさまよいました。生い茂るいばらが衣服を破り、肌を傷つけました。
 急流渦巻く川にでました。とても渡ることはできません。途方にくれたプシューケーは、いっそ死んでしまおうと流れに身を投じました。川はプシューケーを抱きとめ励ましながら、川下の平野に届けてくれました。
 通りかかった牧神パンが、クピードーは彼の母親のもとにいると教えてくれました。そこは、女神アプロディーテーの神殿でした。
 女神アプロディーテーは、プシューケーに怒りを抱いていました。人間の小娘のくせに、神である自分をしのぐ美しさを持っていたからです。しかも、眠っていた息子のクピードーに燭台を近づけ、油をこぼして火傷までさせてしまったのです。
 アプロディーテー女神は、ひざまずくプシューケーを激しく罵りました。そして言い渡しました。クピードーに会いたければ、私の言うとおりにしなさい。
 女神は、プシューケーを穀物倉に入れました。そこには、小麦、大麦、えんどう豆などが散乱しています。女神は言いました。夕方までに穀物を選り分けなさい。
 プシューケーが穀物倉に座り込んでいますと、無数の蟻が現れ、穀物を運び始めました。みるみるうちに、小麦の山、大麦の山ができました。ほかの穀類もそれぞれ山になり、蟻はいなくなりました。夕方、アプロディーテー女神は選り分けられた穀物の山を見て、さらに怒りを募らせました。
 女神は言いました。明日の夕方までに、川向こうの森にいる羊の毛の見本を作って、私に見せなさい。
 プシューケーは、荒々しい羊たちの毛をどうやって集めたらいいのかも分からないまま川を渡ろうとしました。すると流れがささやきました。羊たちは、真昼どきには木陰に入って静かになる。この間に川を渡って、藪や木々についた羊の毛を集めなさい。プシューケーは、教えられた通りにして、羊の毛の見本を女神に差し出しました。
 アプロディーテー女神はますます怒って言いました。冥界の女王ペルセポネーから、化粧箱を貰ってきなさい。
 人間が冥界に行くには死ぬしかありません。プシューケーは心の中で夫に別れを告げながら高い塔に登り飛び降りようとしました。そのとき塔がプシューケーを押しとどめて、冥界へ行く方法を教えくれました。
 冥界に行くためには黄泉の河を渡らなければなりません。教えられたとおりに渡し守のカローンに銅貨をやって渡してもらいました。宮殿の門を守る三つ首の番犬には、隠し持った団子を投げ与えて気を逸らし、その間に通り抜けました。
 ようやくたどり着いたプシューケーに、冥界の女王は、化粧箱を渡しました。そして、決して開けてはならぬと強く言い添えました。
 冥界からの帰り道、泉で渇きを癒そうとしたプシューケーは、水面に移った自分の顔を見て驚きました。すっかりやつれていたのです。呆然としたプシューケーは、美しさを取り戻したい一心で、冥界の女王の化粧箱を開けてしまいました。箱に入っていた死の眠りが、プシューケーを捕らえました。
 そこに夫のクピードーが駆けつけてきました。お前はまた、神の言葉に背いてしまったね。そう言いながら、夫は死の眠りを箱に返し、プシューケーの眠りを覚ましました。
 クピードーはプシューケーを伴ってゼウス大神を訪ねました。ゼウス大神はプシューケーが十分に罪を償ったと認め、アプロディーテー女神に、許してやったらどうかと、とりなしました。女神もようやくうなずきました。
 プシューケーは、晴れてクピードーの妻となることができたのでした。(浪)

 出典:清飲検協会報(平成28年6月号に掲載)