【随筆】−「ペルセポネーの物語」          浪   宏 友



 オリュンポスの宮にいます神々の中で、デーメーテール女神は、農業を司る神でした。
 デーメーテール女神には、こよなく愛する一人娘ペルセポネーがいました。女神は多忙でしたから、シチリア島のニンフ(妖精)たちに娘を預けていました。
 この日、ペルセポネーはニンフたちと野原に出て花々と戯れていましたが、いつしか、ひとりはぐれてしまいました。
 そのとき少女は、遠目に見事な水仙を見つけました。急いで近づいてみると、一つの球根から数多くの茎が伸び、一つ一つの茎に数えきれないほどの花が咲いているのです。ペルセポネーは思わず手を伸ばし、茎の一本を折り取ろうとしました。
 そのとき、目の前の大地が二つに割れて、金の馬車に乗った冥界の王ハーデースが現われました。驚き、逃れようとする少女を抱き抱えると、たちまち冥界へと神馬を走らせていきました。ペルセポネーの泣き叫ぶ声が響き渡りました。が、助けに来るものは誰もいませんでした。
 遠く離れた国で農民たちに農作業の指導をしていたデーメーテール女神の耳に、助けを呼ぶ娘の声が届きました。仰天した女神は急いでシチリア島に戻りました。しかし、いくら探しても娘は見つかりません。シチリア島を離れて、地上をくまなく探しましたが、どうしても見つけることができません。
 その頃、ペルセポネーは、冥界のハーデース王に並んで女王の座に無理やり座らされ、ハーデース王や、家来たちからしきりに機嫌を取られていました。しかし、少女は母を恋しがって泣くばかりだったのです。
 デーメーテール女神はようやく太陽神から、冥界のハーデース王が、娘を誘拐したことを知らされました。怒りに燃えたデーメーテール女神は、ゼウス大神のもとに駆けつけ、ペルセポネーを取り返してくれと頼みます。しかしゼウス大神は、冥界の王ならお前の娘の夫として相応しいではないかと、かえって説得されてしまいました。怒りが頂点に達したデーメーテール女神は、山奥の深い洞窟に身を隠してしまったのです。
 デーメーテール女神を失った地上は悲惨でした。野山は枯れ放題。種子を蒔いても芽がでません。激しい飢饉となり、人々は飢え、神々への供物も上がらなくなりました。
 これに参ったゼウス大神は、仕方なく冥界のハーデース王に使いを出して、ペルセポネーをデーメーテール女神に返してやってくれと頼みました。
 ハーデース王は、家来に黄金の馬車を用意させながら、冥界の果樹園からザクロの実を取り寄せ、ペルセポネーに勧めました。少女は考えもなく12粒あったザクロの実を4粒口に入れました。
 黄金の馬車は風よりも早く駆けて、ペルセポネーを母のもとに届けました。
 再開した娘と母は、ひしと抱き合い喜びましたが、母はふと不安になって娘に尋ねました。お前、冥界で何か食べたりしなかっただろうね。娘は、帰りの慌ただしい中で、ハーデース王から勧められたザクロを食べたことを告げました。母は愕然としました。冥界の食物を口にした者は、冥界の者になるという定めがあったからです。
 デーメーテール女神はゼウス大神に談判しました。娘を誘拐したり、騙したりしたハーデース王のやり方を激しく非難し、娘を冥界にやるなと詰め寄りました。その勢いに負けたゼウス大神は、ペルセポネーが食べた4粒分、すなわち1年のうち4か月は冥界で、残りは地上で暮らすという裁定を下しました。
 デーメーテール女神は、ペルセポネーが地上にいる間は心弾んでいるので地上に緑が豊かになりますが、冥界に行っている間は沈んでしまうので草木は枯れ果ててしまします。こうして、地上に季節というものが訪れるようになったのです。(浪)

 出典:清飲検協会報(平成28年7月号に掲載)