【随筆】−「アンドロメダーの物語」          浪   宏 友



 エチオピアの王妃カッシオペアは、容色端麗であることを誇り、海に住むネーレイデスのうちにも、誰一人自分に並ぶものはいるまいと公言しました。
 ネーレイデスというのは、海の老人ネーレウスの50人の娘たちです。50人の美女が束になっても自分には叶うまいと豪語したわけですから、これを伝え聞いた海の美女たちは自尊心を傷つけられ、憤慨しました。
 海を支配する神ポセイドーンは、50人の美女のひとりを妻としていました。海の美女たちは、海神ポセイドーンに、傲慢なカッシオペアを懲らしめてくださいと訴えます。妻をけなされた海神ポセイドーンも激しく怒り、海の怪獣をエチオピアに差し向けました。
 怪獣はエチオピアの海岸近くに住み着きました。人々が海に出ると、荒波を起こして餌食にします。人々が海岸に出て沖合を見ていると、津波を起こして襲い掛かりました。困り果てた人々は、エチオピアの王に、何とかして欲しいと訴えました。
 王が神にお伺いを立てると、王妃カッシオペアの傲慢な態度が災厄を起こしていることが分かりました。これをおさめるには娘のアンドロメダーを怪獣の生贄に差し出すほかはないというお告げです。王も王妃も、そんなことはできないと悩みました。
 アンドロメダーも動転しました。しかし、人々を救うには自分が犠牲になるしかないと悟ると、自ら進んで海岸に進み、自分を岩礁に縛り付けさせました。
 波打ち際に残されたアンドロメダーが、恐怖に震えながらも目を上げると、遠い海岸に人々が群れているのが見えました。父と母の姿はありませんでした。群衆に混じって婚約者のピーネウスが腕を組んで立っている姿が見えましたが、自分を助けに来てくれる気配はありませんでした。
 そのときアンドロメダーの前に、凛々しい若者が立ちました。ペルセウスでした。北の果てに住む怪女メドゥーサの首を取り、空飛ぶ鞋で国へ帰る途中、海岸の岩に縛り付けられたアンドロメダーを見て不思議に思い、降りてきたのです。
 アンドロメダーは若者に問われるまま、生贄になる身の上を話しました。若者は厳しい表情でうなずき、いったん飛び去りましたが、ややあって戻ってきました。そして、言いました。私があなたを救います。その時は私と結婚してください。アンドロメダーは、若者を真っ直ぐに見て、大きくうなずきました。
 やがて、海の怪獣が波間から現われ、アンドロメダーに襲い掛かりました。ペルセウスは姿を隠す兜を着け、空飛ぶ鞋を履いて、海の怪獣と激しく闘いました。長い闘いののちついに怪獣を倒しました。
 アンドロメダーを縛っていた縄が解かれました。駆けつけた王と王妃とともに、ペルセウスを、宮殿に招き入れました。早速大広間に婚礼の支度が整えられました。
 そこに、アンドロメダーの婚約者だったピーネウスが入って来て、婚礼に異議を唱えました。アンドロメダーは、言いました。私を救ってくださったのはペルセウスさまです。あなたは海岸に立つ群衆の一人でしかなかったではありませんか。
 ピーネウスは軍勢を連れて、宮殿に攻め込みました。ペルセウスは、一人、大広間で軍勢を待ちました。
 宮殿の奥で祈るアンドロメダーの耳に、大広間になだれ込む軍勢の足音が聞こえました。激しい闘いの音が響きました。間もなく、物音ひとつしなくなりました。不安におののくアンドロメダーの前に、笑顔のペルセウスが歩み寄りました。
 ピーネウスとその軍勢は、大広間で、ペルセウスが突きつけたメドゥーサの首を見て、ひとり残らず石になってしまったのでした。
 アンドロメダーとペルセウスは婚礼を済ませ、新しい世界へと旅立ちました。(浪)

 出典:清飲検協会報(平成28年9月号に掲載)