【随筆】−「鬼ってなんだろう」      浪   宏 友



 「鬼」と言いますと、筋骨隆々の逞しい身体、頭には角、口には牙、太い鉄棒を持って怒りの形相で立ちはだかる赤鬼、青鬼を思い浮かべます。身につけているものは虎の毛皮で作った腰布一枚。筋肉の盛り上がる足が、大地を踏みしだきます。
 陰陽道では、丑寅の方角(北東)を鬼門と言うそうです。鬼の門とありますが、この方角から鬼が出入りするのだそうです。そこから鬼は、牛(丑)の角を持ち、虎(寅)の毛皮を身にまとった姿に描かれるようになったと聞きました。
 古い伝承では、鬼は人の命を奪ったり、食べてしまったりする恐ろしい存在でした。
 畑で働いていた若者が、一つ目の鬼につかまって食べられているところを、両親が竹やぶから目撃したという話が古い文献にあるそうです。この鬼には角がなく、衣を身に着けていたようです。
 野に遊びに出ていた若い女性たちの一人が貴公子に誘われて藪陰に入り、それきり出てきません。様子を見に行ったら、貴公子の姿はなく、女性の身体の一部が残っていたという話があります。あの貴公子は鬼だったのだ、誘われた女性は食べられてしまったのだと、人びとは語り合ったそうです。
 丹波の大江山に立てこもり、夜な夜な京の都を徘徊し、乱暴を働いては婦女をさらっていく酒呑童子と呼ばれる鬼の一団がありました。源頼光は、頼光四天王と呼ばれる強者たちを連れて大江山に入り、酒呑童子たちを退治しました。
 鬼退治をしたのは、勇猛な武将たちばかりではありません。桃から生まれた桃太郎は、まだ子供でしたが、鬼退治に出かけました。途中で仲間となった犬、猿、雉とともに鬼ヶ島にわたり、力を合わせて鬼たちと戦いました。鬼たちが降参して差し出した宝物を持って、桃太郎たちは、故郷に帰りました。
 身長が一寸(ほぼ3p)ほどの一寸法師が京に登って、ある立派な屋敷で働くこととなりました。この屋敷の娘が宮参りに出かけた時、大きな赤鬼が現れて、娘をさらおうとします。娘の供をしていた一寸法師が赤鬼に立ち向かいますと、赤鬼は一寸法師をつまみ上げ、一口に飲み込んでしまいました。一寸法師が鬼の腹の中で、針の剣を揮って暴れますと、赤鬼は苦しみのあまり一寸法師を吐き出して、逃げて行ってしまいました。そのとき赤鬼が落としていった打ち出の小づちで、一寸法師は大きくなり、娘の婿となりました。
 鬼といっても、荒々しいばかりではありません。お酒好きで陽気な鬼たちもいます。
 ほっぺたに大きなこぶのある爺さんが山奥で仕事をしていました。気づくと、日暮れて帰れなくなっていました。やむを得ず大木の洞に入り、一夜を過ごすことにしました。真夜中、そこへ鬼たちがやって来て酒盛りを始めます。にぎやかさにつられて外に出てしまった爺さんが、面白おかしく歌い踊りますと、鬼たちは大喜びしました。明け方、鬼たちは爺さんに明日の晩も来いと命じ、約束のかたに、爺さんのほっぺたのこぶをもぎ取ってくれました。
 このお話の鬼は、角があったり牙をむいたりという鬼のすがたをしていますし、こぶをもぎ取るような不思議な力を持っています。しかし、爺さんに危害を加える様子がありません。このため、あんまり恐くありません。 高知県に双名島の鬼伝説があります。
 荒れる海に困惑する人びとを救おうと考えた鬼の親子が、ある嵐の夜、山奥から大きな岩を担いで海岸に向かいました。波除けを作ろうというのです。海岸について岩を置いたとき、鬼は力尽きて荒波に呑みこまれ、大きな岩になりました。親を求めて泣き叫ぶ子鬼も岩になってしまいました。身を犠牲にして人々のために尽くす優しい鬼の話です。
 いろいろなお話に接しますと、鬼ってなんだろうと改めて考えてしまいます。(浪)
 出典:清飲検協会報(平成31年3月号に掲載)